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勝浦(千葉) 夕景など 『天富命は土左衛門だった?』 


千葉県勝浦市
2016年11月中旬 撮影


 
勝浦(千葉) 港

①3か所にある勝浦という地名

千葉県に勝浦という地名がありますが、和歌山県には那智勝浦という地名があります。
四国の徳島県にも勝浦という地名があります。
しかも、徳島県の旧名は阿波、千葉県は安房で漢字は違いますが発音はどちらも「あわ」で同じです。

②阿波も安房も天富命が開拓した


それもそのはず、伝説によれば神武天皇に仕えていた天富命が阿波を開拓し、その後黒潮にのって安房にやってきて開拓をしたというのです。

遠見岬神社 

天富命を祀る遠見岬神社

③安房勝浦と那智勝浦にも関係があった?

今回の旅では訪問しなかったのですが、安房勝浦の熊野貴船神社には「昔、阿波の人が安房に来て農業を伝え、紀伊の人が漁業を伝えた」と伝わっているようです。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~mkun/nazo/origin.htm

紀伊というのは和歌山県ですから、和歌山県の那智勝浦も安房や阿波の勝浦と関係がありそうに思えます。

勝浦(千葉) 松の家  

④天富命とはトミヒコのことでは?

天富命とはトミヒコのことではないかと思ったりします。
トミヒコとはナガスネヒコのことです。

⑤ナガスネヒコは神武天皇のライバルだった。

ナガスネヒコは初代神武天皇が東征してやってくる前から畿内に住んでいたとされる人物です。
神武天皇は日向から畿内の土地をわがものにしようとやってきました。
つまり神武天皇は侵略戦争をしかけたわけです。
なので当然、ナガスネヒコは国を守るために応戦しました。

ナガスネヒコはニギハヤヒを神として奉じていました。
ニギハヤヒは物部氏の祖神です。
このため、神武東征以前、畿内には物部王朝があったとする説があります。

ところがニギハヤヒは神武に服してしまい、自分を神として崇めているナガスネヒコを殺したと記紀は記しています。

ただし、記紀は天皇家の正当性を説くために記されたものだといえるので
天皇家にとって都合のいいように記されているはずです。
なので、ニギハヤヒがナガスネヒコを殺したというのが事実を反映したものかどうかは疑問です。

しかし、天皇家の先祖が日向から東征して畿内にやってきたというのは事実だと思います。
もともと天皇家が畿内にいたのであれば、そのほうが天皇家にとっては畿内に住む人民を支配するのに都合がいいはずです。
それを、わざわざ日向からやってきたと書いているのは、それが事実を反映したものだからでしょう。

勝浦(千葉) 本行寺 
本行寺釈迦堂 このあたりは日蓮宗が多かったです。日蓮が安房の生まれだからでしょうね。

⑥アメノホアカリ=ニギハヤヒは天孫でニニギの兄

神武天皇はニニギの曾孫にあたります。
ニニギは天照大神の孫で、天照大神に命じられて葦原中国に天下ったとされます。
そしてニニギにはアメノホアカリという兄がいたとされます。

京都府宮津市の籠神社が伝えるところによると、籠神社の御祭神ヒコホアカリは別名をアメノホアカリ、ニギハヤヒともいうと伝えています。

これが事実とすれば、ニギハヤヒはニニギの兄ということになります。
また神武が東征する以前にあった物部王朝は、神武の曾祖父(ニニギ)の兄(アメノホアカリ)が建国した国ということになりますね。

 
覚翁寺。このお寺は浄土宗のお寺でした。

⑦ニギハヤヒとナガスネヒコは同一神?

ニギハヤヒ(アメノホアカリ)は神武天皇の曾祖父・ニニギの兄なので
神武が東征して機内入りしたときニギハヤヒが生きていたとすると、相当な長寿だったということになります。
仮にニギハヤヒが20歳のときに弟のニニギに子のホオリが生まれたとしましょう。
ホオリ20歳のときにウガヤフキアエズ(ニニギの孫)が生まれたとすれば、このときニギハヤヒは40歳。
ウガヤフキアエズが20歳のときに神武天皇(ニニギの曾孫)が生まれたとすれば、このときニギハヤヒは60歳です。
で、神武天皇がナガスネヒコを倒して橿原宮で即位したのは52歳なので、このときニギハヤヒは112歳ということになってしまいます。
現代においても112歳という長寿の人はほんのわずかしかいないので、これは不自然です。
このときニギハヤヒはすでに死んでいて、ナガスネヒコが物部王朝の王だったのではないかと思えます。
ニギハヤヒはナガスネヒコの祖霊なのではないでしょうか。

勝浦(千葉) 松の湯  

千葉県で一番古い銭湯だそうです。中もすごくレトロなのだとか。
ホテルのお風呂もよかったけど、松の湯にも行けばよかったなあ~。


⑧エビスとナガスネヒコ(トミヒコ)は同一神?

関西はえべっさん(エビス神)に対する信仰が厚い地域で、1月10日は十日戎といって多くの人が各地の恵比寿神社を参拝します。

エビスはイザナギ・イザナミの長子として生まれますが、3歳になっても立つことができない身体障害児だったので、葦船に乗せて海に流されたとされる神です。

エビスがイザナギ・イザナミの長子として生まれたという点に注意して下さい。
この神話は「長子はダメ」ということを言いたいがために、エビスを身体障害児として創作し、海に流されたという話を作り上げたのではないでしょうか。

神武の先祖のニニギはニギハヤヒ(アメノホアカリ)の弟でしたね。
それで兄のニギハヤヒ(アメノホアカリ)はダメで、弟のニニギは出来がいい、というために、のような話を創作したのではないかということです。

エビスとはニギハヤヒのイメージを重ねた神ではないかと思います。
そして⑦で述べたように、ニギハヤヒとナガスネヒコは同一神だとすると、エビスとナガスネヒコ(トミヒコ)は同一神ということになります。

勝浦 夕景

⑨エビスは水死体だった。


海に流されたエビスは海の中にある竜宮にたどりついたという伝承がありますが、竜宮とは死の国のことでしょう。
つまり、エビスは海に流されて死んだ水死体なわけです。

⑩土左衛門の語源はトミヒコだった?

水死体のことを土左衛門といいますね。

これは江戸時代の力士・成瀬川土佐衛門が色白で大変な肥満体で水死体を思わせる容姿だったかことに由来すると言われますが
これが正しいかどうかについてはわかっていません。

私は、水死体のことを土左衛門というのは、トミヒコからくるのではないかと考えています。

というのは大阪に十三(じゅうそう)という地名があって、その地名の由来には様々な説があるのですが
その中のひとつに「中津(十三の近くにある)の富島という地名からくる」という説があるのです。

またかつて青森県の十三湖にあった十三湊は十三と書いて「とさ」と読みます。

とみ→十三→十三(とさ)衛門→土左衛門 と転じたのではないでしょうか?

で、⑧で述べたように、トミヒコ(ナガスネヒコ)とエビスは同一神と考えられますし
⑨で述べたように水死体をエビスという地域があります。

トミヒコ=エビス
エビス=水死体
∴トミヒコ=水死体

となります。

⑪土左衛門の神

さらに、天富命=トミヒコとすれば、天富命は水死体ということになります。
勝浦の遠見岬神社ではこの天富命を祀っていますが、勝浦は海に面した漁村です。
海で命を落とす人々も大勢いたことでしょう。
土左衛門の神は漁村の神としてふさわしいように思えます。

ちょっとややこしいですね。すいません~。

重蔵神社 夏祭 『重蔵神社はトミヒコ神社?』 
輪島ふらっと訪夢 御陣乗太鼓 『男幽霊(土左衛門)は重蔵だった?』  

こちらは関連記事です。

 勝浦 夕景


毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!

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[2016/12/17 00:37] 千葉県 | トラックバック(-) | コメント(-)