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豊国神社(長浜) 豊公祭 『日本のトラはなぜ絶滅してしまったの?』 


滋賀県長浜市 
豊国神社
豊公祭 2010年10月10日 撮影

豊国神社(長浜) 豊公祭7  
●セロリを日本に伝えた加藤清正

皆さんが一番好きな野菜は何ですか?
私はセロリが一番好きです♡
苦手だという人も多いですが、あの独特の香り。
茎のところを生でバリバリ・・・ああ~、おいしいーーー。
葉っぱをみりんと醤油で佃煮にしてもいいですね♪ ごはん何倍でも食べれてしまいます。

このセロリを日本に初めて持ち込んだのは加藤清正だといわれています。
加藤清正は豊臣秀吉の家臣で、朝鮮に出兵して日本に帰国する際、セロリを持ち帰ったというんですね。

豊国神社では豊臣秀吉のほか、この加藤清正や木村重成、事代主大神もお祀りしています。

豊国神社(長浜) 豊公祭6

●加藤清正の虎退治

また、加藤清正は朝鮮に出兵した際、虎退治をしたという伝説も残されています。
ウィキペディアには「本来は黒田長政とその家臣の逸話であるが、後世に清正の逸話にすりかえられている。」とありますが。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%97%A4%E6%B8%85%E6%AD%A3#.E6.96.87.E7.A6.84.E3.83.BB.E6.85.B6.E9.95.B7.E3.81.AE.E5.BD.B9より引用

豊国神社(長浜) 豊公祭3

●朝鮮にはアムールトラが生息していた。

昔、朝鮮にはアムールトラが生息していたそうです。
今も北朝鮮にはアムールトラがいるともいわれています。

しかし、現在では、アムールトラは絶滅の危機に瀕しており、個体数は500頭程度だといわれています。

豊国神社(長浜) 豊公祭2

日本書紀や万葉集やにも登場する虎

また日本書紀546年(欽名6年)には、妻子を伴って百済へ使した膳臣巴提便(かしわでのおみはてび)が我が子を奪ったトラを殺し、皮をはいで持ち帰ったと記されています。

万葉集にも虎を読んだ歌が3首あります。

虎に乗り、古屋を越えて青淵に 蛟龍(みつち)捕り来)む、剣太刀もが/境部王
(虎に乗り、古屋を超えて青い淵にいる蛟龍(龍になろうとしている動物。大洪水をおこすとされる。)をとらえることができる剣大刀があればいいのに。)


豊国神社(長浜) 豊公祭 

あとの2首は長歌で、一首は柿本人麻呂が詠んだ高市皇子の挽歌の中に「高市皇子が統率する軍が吹く笛の音が、吠える虎のようだ」とあります。

もう一首は「韓国のトラを生け捕りにして八つ持ってきなさい。その皮を畳にして平群の山で行われる薬猟の際に用いましょう」と詠んでいます。

「韓国のトラを生け捕りにして」とあるところを見ると、奈良時代の日本には虎はいなかったのでしょう。

飛鳥時代・奈良時代をさらにさかのぼる3世紀ごろの日本には邪馬台国という国があったと魏志倭人伝は記していますが
その中にも「牛・馬・虎・豹・羊・鵲(かささぎ)はいない。」と記されています。

 豊国神社(長浜) 豊公祭5

●大古の日本にはトラがいた。


かつて日本列島は大陸と陸続きだったといわれます。
朝鮮に虎がいたのなら、日本にも虎がいたのではないかと考えるのは当然のことでしょう。

 縄文時代よりさらに時代をさかのぼった洪積世後期の地層(静岡県。約2万年前)から人骨片と一緒にトラの化石が発見されているそうです。

豊国神社(長浜) 豊公祭4 

●絶滅した日本列島のトラ

どうやら日本列島のトラは絶滅したようです。
なぜ日本列島のトラは絶滅したのでしょうか?

ウィキペディアには次のように記されています。

アムールトラ1頭あたり1,000平方キロ(東京都の面積の半分)の森林が必要だとされるが、沿海地方では森林伐採が進みタイガの面積が30%も減少するなど、その生息地が脅かされている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%A9#.E7.B5.B6.E6.BB.85.E3.81.AE.E5.8D.B1.E6.A9.9F.E3.81.AB.E7.80.95.E3.81.99.E3.82.8B.E3.82.A2.E3.83.A0.E3.83.BC.E3.83.AB.E3.83.88.E3.83.A9
より引用

アムールトラは大型の肉食動物で、猪や鹿、熊などを捕食します。
1頭あたり1,000平方キロの森林が必要だというのは、アムールトラの食糧となるこれらの動物が1,000平方キロはないと十分に捕食できないということなのでしょう。

現在の日本の国土の面積は37万8000平方kmとされます。
アムールトラ一頭あたり1,000平方キロ必要とのことですので、37万8000平方kmを1,000平方kmで割ると
37万8000÷1000=378
となり、日本には378頭しか生息できないことになります。
また、3世紀ごろであっても日本列島の国土のすべてが森林というわけではなかったでしょうし、さらに生息できる頭数は減ります。

だけど朝鮮半島もそんなに広くはないですね。
虎が大陸から朝鮮半島に移動してくることができたということでしょうか?

豊国神社(長浜) 豊公祭 浅井三姉妹  
●アムールトラは日本の暑さに対応できなかった?

現在、アムールトラは寒冷な土地に生息しています。
現在、韓国にアムールトラはいないそうですが、韓国も日本に比べると寒いそうですね。(行ったことないので、わからないんですが)

http://www.asia-tourist.info/korea/trip/climate/climate01.html
↑ こちらにソウルの年間の気温をグラフにしたものがありました。
12月の最低気温は-3.4度、1月の最低温度気温は-6.1度、2月の最低気温は-4.1度となっています。
これは寒いですね!

また夏30度を超える月はありませんね。
夏35度を超えるのが当たり前の関西からすればものすごく涼しいです。

日本海流という暖流が流れているせいで、日本は韓国に比べて温暖だといわれています。
アムールトラは日本の暑さになじめなかったのかも?

また魏志倭人伝によると、「土地は温暖で、冬夏も生野菜を食べている。みな、裸足である。」と書いてあります。
もしかして3世紀ごろの日本は今より暖かかったのかな?

魏志倭人伝には「倭国の位置は會稽や東治の東」とも記されています。
(東治は東冶の間違いだとする説が有力です。)
これは現在の福建省あたりで、福建省の東は沖縄あたりになってしまいます。

それで邪馬台国は沖縄にあったとか、混一疆理歴代国都之図(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%B7%E4%B8%80%E7%96%86%E7%90%86%E6%AD%B4%E4%BB%A3%E5%9B%BD%E9%83%BD%E4%B9%8B%E5%9B%B3)のように3世紀の日本列島は南北が逆転しており、福建省の東あたりにあったという説もあります。





毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!

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[2016/10/11 00:00] 滋賀の祭 | トラックバック(-) | コメント(-)