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烏丸半島 蓮 『俵藤太の百足退治伝説 』 ※追記あり 

滋賀県草津市 烏丸半島蓮群生地
滋賀県大津市 雲住寺
2008年7月22日撮影

追記/aunt carrotさん に教えてもらったんですが(ありがとうございました!)
、今年の烏丸半島の蓮はほぼ全滅のようです~。
http://kanko-kusatsu.com/info/hasu-2/


烏丸半島 蓮 

烏丸半島の蓮の群生。
まるでピンクの波のよう~。
向こうに見えているのは三上山です。

●三上山に残る俵藤太の百足退治伝説


三上山には俵藤太のムカデ退治伝説が残り、「ムカデ山」とも呼ばれています。 

俵藤太 ムカデ退治の図 

瀬田の唐橋 説明板より


俵藤太のムカデ退治伝説とは次のようなものです。

瀬田の唐橋に大蛇が横たわっており、人々は恐れて橋を渡ることができませんでした。
しかし俵藤太は大蛇を踏みつけて橋を渡りました。
その夜、美しい娘が藤太のもとへ訪ねてきました。
娘は琵琶湖の龍神で、藤太が踏みつけた大蛇はこの娘が姿を変えていたのでした。
娘は藤太に「三上山のムカデに苦しめられているので助けてください」と言いました。
そこで藤太が三上山に行くと、山を7巻き半する大ムカデが現れました。
藤太は八幡神に祈って矢を射、それが大ムカデに命中しました。
藤太はムカデ退治のお礼にと、龍神の娘から米の尽きない俵をもらいました。
またのちに藤太は朝廷より平将門の乱平定を命じられましたが、龍神のおかげで将門の弱点を見破り、討ち取ることができました。


俵藤太というのは、彼が龍神から米のつきない俵をもらったところからつけられた愛称で、本名は藤原秀郷といいます。

●男体山の百足退治伝説

下野国には、大ムカデに姿を変えた男体山を、猿丸大夫(または猟師の磐次・磐三郎)が討つという伝説があるそうです。
 
おー、男体山!
栃木県・二荒山神社の御神体ですね!
参照/二荒山神社 コバノミツバツツジ 桜  『大黒田道間守は不老長寿の神?』 


男体山 
 向かって左が男体山

下野国は秀郷の本拠地であり、この伝説をベースに秀郷のムカデ退治伝説は作られたのではないかと言われています。

●蒲生氏は藤原秀郷の子孫だった。

なぜ滋賀の三上山を舞台にして秀郷の百足退治伝説は作られたのでしょうか?? 

雲住寺 百足供養塔 

勢田の唐橋の東詰に雲住寺というお寺があり、境内には百足(ムカデ)供養堂がありました。
雲住寺は1408年に城主・蒲生高秀蒲生氏が創建したお寺なのだそうですが、この蒲生高秀は藤原秀郷の14代目の子孫なのだそうです。

秀郷のムカデ退治伝説が滋賀にあるのは、秀郷の子孫・蒲生氏が城主だったことと関係があるのかもしれませんね。



毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!

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[2016/07/19 14:52] 滋賀県 | トラックバック(-) | コメント(-)