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久米寺 紫陽花 大仏殿 夕景 『大伴家持は脚フェチだった?』 


奈良県橿原市 久米寺 撮影 撮影 2010年6月19日
奈良市雑司町 東大寺 大仏殿 撮影 2010年7月10日


久米寺 紫陽花 

久米寺 多宝塔 塔百景6

●脚フェチ久米仙人、仙力で遷都に必要な物資を運ぶ。

久米寺を創建したといわれる久米仙人は、脚フェチとして知られています。

久米仙人は仙力で空を飛んでいましたが、女性のふくらはぎを見て仙力を失い、地上に堕ちたという伝説があるのです。 

この伝説は昔から有名だったようで、いろいろな史料に記されています。
それらの史料によれば、久米仙人はあるとき仙力を取り戻して、遷都に必要な物資を仙力で運んだとされています。

●久米仙人は遷都に必要な物資を取り立てた?

久米寺のパンフレットに記された久米仙人の話は、他の史料の内容とはちょっと違っていました。

久米仙人は遷都に必要な資材を仙術で運んだのではなく、聖武天皇の大仏建立の際、国々の大木・大石を強制的にとりたてたと、久米寺のパンフレットには記されていました。

久米寺 手水 
久米寺 手水

●大久米主は大伴氏の祖神?

久米寺の隣には米御縣神社があって大久米主という神を祀っていますが、
大伴家持の長歌『陸奥国に金を出す詔書を賀す歌』の中に大久米主の名前がでてきます。
長い歌なので、内容の要点のみ記します。

「聖武天皇が大仏の建立を始められ、『金がたくさんあれば良いが』と悩んでおられました。
そんな折、東国・陸奥の小田の山に黄金があると奏上があったので 天皇は心をお晴らしになりました。 
我ら大伴氏の遠い祖先の神の名は大久米主といい、遥か昔から過去から今に至るまで天皇にお仕えしてきました。
天皇の栄えある詔を聞くことはとても貴く、ありがたいことです。」
 

奈良の大仏  

東大寺 大仏殿 大仏

大伴家持は「大伴氏の祖神は大久米主である」と言っていますが、大伴氏の先祖は天忍日命とされています。
また大伴氏は久米部を従える氏族だったとも考えられています。
なぜ家持が「大伴氏の祖神は大久米主である」と言ったのか、よくわかりませんが、
彼が祖神を大久米主だと考えていたことは間違いないでしょう。

●大木・大石をとりたてたのは大伴家持だった?

大伴家持は『自分は大久米主の子孫である』と歌を詠み、大仏建立のための金が献上されたことを寿いでいます。
大伴家持はなぜ陸奥国から金が献上されたことを喜んだのでしょうか。
それは大伴家持が天皇から『大仏建立のための物資を徴発せよ』との詔を受けていたからではないでしょうか。
家持は大木・大石のとりたても行っていたのかもしれません。

久米仙人とは家持のことだったりして?

ということは脚フェチは大友家持だった?

大仏殿 夕景
大仏殿 夕景



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[2016/07/01 00:00] 奈良県 | トラックバック(-) | コメント(-)