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勝尾寺 雨 紫陽花 『白い神と黒い神』 


勝尾寺 紫陽花 三宝荒神社 

大阪府箕面市 勝尾寺
撮影2010年7月3日


●白髪を黒髪に変えた三宝荒神

雨の日、勝尾寺を参拝しました。
上の写真は三宝荒神社です。

1677年、旗本菅沼隠越中守の娘がこの荒神さまに祈願したところ、白髪が黒髪になったという伝説があります。

●旗本菅沼隠越中守と五箇村菅沼集落

旗本というのは江戸時代の武士の身分のひとつです。
越中とは現在の富山県のこと、守とは国司のことです。

すると、菅沼隠というのが人名なんでしょうか?
それとも隠という言葉に何か意味があるんでしょうか?

富山県五箇村に世界遺産に登録されている菅沼集落があるんですが、関係あるのかも?
御存じの方、教えてください~。

五箇山 菅沼集落 
五箇村菅沼集落

●白鳥とカラス

えー、勝尾寺の荒神さまが娘の白髪を黒髪にしたという伝説についてですが
私はこの白と黒には何か意味があるのではないかと考えています。
記紀神話には白鳥とカラスの物語があります。

白鳥の物語のほうは、死んだヤマトタケルが白鳥となって飛び立ったというものです。
カラスの物語は、三本脚の八咫烏が初代神武天皇を道案内するという話です。

●死んだ人の霊は鳥になる?

このブログで何回か書きましたが、死んだ人の霊は鳥になって天に向かう、と古の人は考えていたのではないでしょうか。
巨大な前方後円墳は、地上から見たのではその形を認識することができませんが
高い空を飛ぶ鳥の視線であればその形を容易に認識できるでしょう。
ナスカの地上絵なども同様だと思います。

馬見丘陵 模型

馬見丘陵 模


●死に装束は白


死んだヤマトタケルが白鳥になったという物語についてですが、古より死に装束は白でした。
幽霊さんなども白い死に装束を着ていますね。

千本閻魔堂狂言 閻魔庁 鬼と亡者
 
千本閻魔堂狂言 

●八咫烏は復活した太陽神?

八咫烏は中国や朝鮮では太陽の中に描かれます。

そして、梅原猛さんは「8」という数字は復活を意味する数字ではないかとおっしゃっています。
八角堂や八角墳は死者の復活を願って作られたのではないかというのですね。

そういえば、天の岩戸に籠った天照大神が外に出てくる際に用いられた鏡も八咫鏡といって、八の字が用いられています。
天岩戸に籠るというのは、死んで石室に葬られているイメージです。
天照大神は死んで石室に葬られていたのでしょう。
そしてその天照大神を生き返らせた(復活させた)鏡なので八咫鏡というのではないでしょうか。

だとすれば、八咫烏とは一旦死んで復活した太陽神のことではないでしょうか。

●白は死者の霊、黒は神として生き返った霊?

死んだヤマトタケルの霊が白鳥、死んで生き返った太陽神の霊が烏(黒鳥)。
ということは、白は死者の霊、黒は神として生き返った霊、ということではないかと思います。

●能・翁の白式尉・黒式尉


奈良豆比古神社の翁舞には白式尉・黒式尉が登場します。
これも白と黒ですね。

●志貴皇子はハンセン病をもたらす疫病神(荒魂)だった?

奈良豆比古神社の語り部さんは次のような言い伝えを伝承しているそうです。

志貴皇子は限りなく天皇に近い方でした。
そのため、神に祈るときにも左大臣・右大臣がつきそいました。
赤い衣装は天皇の印です。
 
奈良豆比古神社 翁舞 三人翁 
上の写真は奈良豆比古神社の翁舞です。
白式尉の面を被った三人の翁が登場します。
このうち、中央が志貴皇子・左(向かって右)が左大臣・右(向かって左)が右大臣ということなのでしょう。

志貴皇子はハンセン病を患い、病が治りますようにと毎日神に祈りました。
するとぽろりと面がとれ、皇子は元通りの美しい顔となり、病は面に移っていました。
志貴皇子は病がなおったお礼に再び翁の面をつけて舞を舞いました。
これが翁舞のはじめです。

私は志貴皇子はハンセン病をもたらす疫病神だと考えられていたのではないかと思います。
貧乏神はいかにも貧乏そうな姿をしているように、ハンセン病をもたらす疫病神はハンセン病を患った姿をしていると考えられたのではないかと思うのです。

●黒式尉は農業神だった?

奈良豆比古神社 翁舞 黒式尉 

奈良豆比古神社の翁舞は能「翁」のルーツではないかと私は考えているのですが
能の「翁」では、黒式尉は地固めの足拍子をしたり、種まきのような所作をするそうです。
奈良豆比古神社の翁舞においても黒式尉(三番叟)の舞がありますが、足拍子はありました。
種まきのような所作はわかりませんでしたが、見落としたのかもしれません。(しっかりせい~)

ともあれ、黒式尉の舞は豊作祈願の舞であり、白式尉が疫病神であるのに対し、農業神だといえるでしょう。

●白式尉は荒魂、黒式尉は和魂?

神はその現れ方で御霊(みたま)・荒魂(あらたま)・和魂(にぎたま)の3つに分けられるといいます。

御霊・・・神の本質
荒魂・・・神の荒々しい側面
和魂・・・神の和やかな側面

荒魂は男神、和魂は女神とする説があり、私はその説を指示しています。
このブログの中にもさんざん書きました。

が、必ずしも荒魂は男神、和魂は女神でないケースもあるのかな、と思います。
女の幽霊が祟ったというような怪談がありますが、祟り神は荒魂ですからね。

翁舞においては、白式尉は荒魂、黒式尉は和魂ではないかと思います。

●旗本菅沼隠越中守の娘は荒霊から和霊になった?

旗本菅沼隠越中守の娘がこの荒神さまに祈願したところ、白髪が黒髪になったという伝説に戻りましょう。

旗本菅沼隠越中守の娘はこのときすでに死んでいて、荒魂(怨霊)だったのではないでしょうか。
それを白髪と表現しているのではないでしょうか。

ところが勝尾寺の荒神さんの力によって、娘は和魂になり、それを黒髪と表現しているのではないかと思ったりします。

勝尾寺 紫陽花 本堂

 毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!

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[2016/07/02 00:00] 大阪府 | トラックバック(-) | コメント(-)