智積院 さつき 『布袋はなぜ大勢の子供たちと戯れているの?』 

京都市東山区 智積院
撮影 2016年6月3日


 智積院障壁画

●等伯一派の障壁画に感動!


智積院へは何度も行ってるんですが、今回はじめて庭園を拝観させていただきました。
拝観券で、庭園のほか収蔵庫・大書院・講堂なども拝観することができます。

美術好きの人はきっと歓喜すると思います。
収蔵庫には長谷川等伯一派の障壁画が展示されているからです♪

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%BA%E7%A9%8D%E9%99%A2#.E6.96.87.E5.8C.96.E8.B2.A1
↑ ウィキペディアに障壁画の写真が掲載されています。

智積院障壁画 桜図 

智積院 梅 『家康はなぜ玄宥に土地を与えたのか』 
↑ こちらの記事に書いたように、徳川家康が豊臣家ゆかりの禅寺・祥雲寺の寺地を玄宥にあたえ
玄宥がその地にもと紀州・根来にあった智積院を復興させました。
長谷川等伯一派の障壁画は、祥雲寺の客殿にあったものです。

大書院にはこれらの複製障壁画が飾られていました。

智積院障壁画 楓図 模写

中国の廬山を模したという庭園の皐月が美しかったですが、強い影ができてしまってイマイチな出来に~。
夕方4時ごろだったんですが、午前中だと写真右手の山が影になりそう。
今度庭園を拝観するときは、雨の日か曇りの日にしよう。

智積院 名勝庭園


●布袋はなぜ子供と戯れているの?

たぶん講堂だったとおもいますが(ちゃんと覚えとけよ~)「布袋唐子喜戯の図」も展示されていました。
月樵(げっしょう)道人の作です。

智積院 布袋唐子嬉戯の図


七福神の一柱である布袋さんは、この絵のように大勢の子供と戯れる様子が描かれることが多いです。
それはなぜなのか、について推理してみました。

●「おふくろ」の語源

母親のことを「おふくろ」などと言うことがありますね。

http://gogen-allguide.com/o/ofukuro.html
上のサイトに「おふくろ」についての諸説が記されています。

まとめると、次のようになると思います。

①母親は金銭や貴重品を袋に入れて管理していたため。
②胎盤・卵膜・子宮を袋と呼んでいたため。
③子供は母親の懐(ふところ)で育つ。このふところが訛っておふくろになった。

私は②の説を指示します!

智積院 名勝庭園2


●布袋の袋は胎盤や子宮を意味している?

前回の記事、浅草寺 さつき 待乳山聖天 『聖天さんの巾着袋の中には何が入っている?』  に次のようなことを書きました。

①昔の人は髑髏は復活にかかせない呪具であると考えていたのではないか。
(真言立川流では髑髏本尊を作り7年間抱いて寝ると8年目に髑髏が命を持って語りだすとしているため)
②布袋や聖天さん、涅槃図に描かれる袋の中には髑髏が入っているのではないか。

布袋の袋の中には髑髏が入っていると思いますが、それだけの意味ではなく、布袋の袋は子宮を意味するものでもあるのではないでしょうか。

胎児は女性の子宮で育ち、やがこの世に生まれてきます。

布袋が手に持っている袋は子宮をあらわしており、布袋と戯れる子供たちは布袋の袋から生まれてきたということではないでしょうか。

●不老不死とは子孫繁栄を意味している?

布袋は死後にその姿を見かけられたという逸話があります。
つまり、布袋は死後に生き返った、布袋は不老不死だというわけです。
布袋が弥勒菩薩の化身であるとされるのは、そのためだと思います。
弥勒菩薩は56億7000万年後に復活(生き返る)するとされていますから。

そして不老不死とは子孫繁栄のことであると聞いたことがあります。
つまり子供が生まれるということは、先祖の復活であるという考え方ですね。

智積院 皐月 



毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!

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[2016/06/08 00:00] 京都府 | トラックバック(-) | コメント(-)