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鑁阿寺 栗の花 『栗のいがを手に持つ蛭子女尊』 


栃木県足利市 鑁阿寺(ばんなじ)
撮影 2016年5月中旬


鑁阿寺 山門と太鼓橋 
今回は京都・安井金毘羅遇の櫛祭に登場された古風な着物姿の女性に鑁阿寺を散策していただくことにしました。(つまり合成)

●日本100名城のひとつ


鑁阿寺が日本100名城のひとつだと聞いてびっくり!
天守閣はなく、境内には本堂・多宝塔・鐘楼などがあってお寺そのものという感じなんですが~。

足利氏の祖は源義康とされます。
源義康は前九年の役・後三年の役で活躍した源義家の孫にあたります。
源義家は鎌倉幕府を開いた源頼朝の先祖でもありますね。

12世紀半ばごろ、源義康がこの地に足利氏館を構え、
1196年に源義康の子の足利義兼が足利氏館の中に持仏堂、堀内御堂を建立しました。
ちなみに鑁阿寺の鑁阿とはこの足利義兼の戒名です。

鑁阿寺 本堂

●鑁阿寺の意味

次のように記されたサイトがありました。

『足利の鑁阿寺』(山越忍済/著 足利 鑁阿寺 1970 ※昭和40年5月初版発行)
によれば次のように記載されています。

鑁阿寺は正式にはvana寺で、バンナ寺でもよく、鑁や阿という漢字の発音を梵語(サンスクリット)に代って当てはめたに過ぎない。したがって鑁や阿に漢字的乃至日本文的意味が含まれているのではない。単なる当て字である。すなわちバンナ寺とは大日如来の寺、大日寺のことである。」

先住忍空の名著『足利庄鑁阿寺』(山越忍空/編 足利鑁阿寺 1926)を引用しながら説明しています。


http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000033937 より引用

鑁阿寺とは大日如来の寺だというのですが、サンスクリット語では大日如来は「マハー・ヴァイローチャナであり
これがなぜvanaとなるのかよくわかりません。

●栗のいがを持つ蛭子女尊

本堂裏手には蛭子堂がありました。

鑁阿寺 蛭子社 
蛭子堂は別名を時姫堂ともいい、鑁阿寺を創建した足利義兼の妻・北条時子をお祀りしています。
北条時子は女傑でしられる北条正子の妹だと考えられています。

この北条時子には次のような伝説があります。

夫の義兼が鎌倉に出府していたとき、足利に残っていた時子は侍女の藤野の汲んできた生水を飲みました。
しばらくすると時子のお腹が膨れ、藤野は「時子は足利忠綱と密通して子を孕んだ。」と義兼に言いました。
義兼は時子を疑い、時子は「死後わが身体をあらためよ」と遺言して、建久7年に自害しました。
時子の遺体を調べるとお腹からたくさんの蛭が出てきました。
時子のお腹は大量の蛭のせいで膨らんでいたのです。
義兼は時子を篤く弔い、藤野が汲んで時子に水を飲ませた井戸を塞ぎ、藤野を牛裂きの刑としました。


残念ながらそのお姿を拝することはできませんでしたが、蛭子堂の御本尊は栗のいがを持つ蛭子女尊で
「栗のいがから栗が軽くもげるように安産になる。」と妊婦たちから厚い信仰を得ているのだとか。

上の写真、蛭子堂の上部に白い花をつけているのは栗の木だと思います。

●栗のにおいは○○のにおい?

ハナビルの幼生は大型動物の鼻に寄生するそうですが(ひええ~)
時子のお腹に大量の蛭がいたというのは事実とは思えません。
蛭子はエビスのほか、ヒルコとも読み、蛭のように骨のない体であったところからつけられた名前だと考えられます。
こういったことから、創作された作り話だと思います。

なぜ時子にこのような伝説がのこされているのかは、今後の宿題とさせていただきます。
(宿題がいっぱいあるなあ~・・・汗)

今回は北条時子を祀る蛭子堂の御本尊が、なぜ栗のいがを持っているのかについて考えてみたいと思います。
 
鑁阿寺-栗  
塔百景87

私は風邪ぎみで鼻がつまっており、よくわからなかったんですが、一緒に行った友人が言っていました。
「変なにおいがする。栗のにおいではないか」と。

上の写真、多宝塔の向かって左にも白い花をたくさんつけた木が写っています。
栗の木だと思います。(間違っていたら教えてくださいね~。)

栗の花のにおいを精子のにおいに似ているという人もいます。
どちらもスペルミンという成分を含み、これが独特のにおいを放つようです。

http://matome.naver.jp/odai/2140033727864298501

蛭子女尊が栗のいがを持っているのは、時子が不義密通を疑われたという伝説と関係があるのかも?

●『栗』は『中』という言葉をひきだす言葉


鑁阿寺 御霊屋

また、万葉集を調べてみると、『栗』という言葉は『中』という言葉をひきだす言葉のようです。
なぜかというと栗はいがの中に三つの実が入っているからだとか。

三栗(みつぐり)の、那賀(なか)に向へる、曝井(さらしゐ)の、絶えず通はむ、そこに妻もが/高橋虫麻呂

(那賀の郷の向かいにある曝井の水は絶えまなく湧き、洗濯するために女性たちが通ってくる。
この曝井の水が絶えることがないように、私も絶えず通おう。
この女たちの中に私の妻もいればよいのに。)

よく意味がわからない点もあるんですが、虫麻呂が「絶えず通おう」と言っているのは、女のもとへ通おうという意味だとおもいます。
絶え間なく水が湧き出る井戸は女性のシンボルの比喩なのかも?
そうすると歌の冒頭で「三栗の」と詠んでいるので、栗のにおいから精子のにおいを思い出させ、何やらイミシンな感じもします。

下ネタが多くてすいません~!
記紀や万葉集には下ネタ的なのが多いので、ついこうなってしまいます~。

さて、ウィキペディアの中将姫の項目に次のように書いてあります。

天皇から中将の位を賜ったため、中将姫と言ったとの伝承もあるが、「中」が重要な鍵ではないかとも考えられる。
「中」が例えば「神(仏)と人との仲立ちをする」意味を示している可能性もある。
他に考えられる例としては中大兄皇子、中皇命、忍坂大中姫、中臣氏、中宮?等があげられるが、詳しいことはわかっていない。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B0%86%E5%A7%AB より引用

もしかすると蛭子女尊が栗のいがを持っているのは、北条時子が神仏と人との仲立ちをする女性だと考えられたためかも?





毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!

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[2016/05/31 00:00] 栃木県 | トラックバック(-) | コメント(-)