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長谷寺 桜 『蠣貝に足踏ますな』  

奈良県桜井市 長谷寺
撮影 2015年4月4日


長谷寺 桜2 

●伯瀬は死の国?


以前の記事、長谷寺 紫陽花 『泊瀬は死の国?』  に衣通姫伝説について書きました。

第19代允恭天皇(376?-453)には木梨軽皇子と軽大娘皇女という同母兄妹があり、
二人は禁忌とされていた近親相姦に陥り、周囲にも二人の関係がばれてしまいます。
群臣たちの多くは木梨軽皇子を次期天皇に立てたいと思っていましたが、
この一件で群臣たちは木梨軽皇子・弟の穴穂皇子(あなほのみこ、後の安康天皇)を支持するようになりました。
允恭天皇崩御後、木梨軽皇子は大前小前宿禰(おおまえこまえのすくね)と共謀して穴穂皇子を討とうとしました。
しかし大前小前宿禰が裏切ったため木梨軽皇子は捕えられ伊予へ流罪となりました。
軽大娘皇女は兄が帰ってくるのを待っていましたが、待ちきれなくなって兄に会いにいきました。
軽大娘皇女を迎えた木梨軽皇子は次のような歌を詠み、ふたりは自害して果てました。

こもりくの 泊瀬の河の 上つ瀬に 斎杙(いぐい)を打ち 下つ瀬に 真杙(まぐい)を打ち
斎杙には 鏡をかけ 真杙には 真玉をかけ 真玉如(な)す 我が思う妹(いも)
鏡如す 我が思う妻 ありと言はばこそよ 家にも行かめ 国をも偲ばめ

(泊瀬の河の上流に斎杙を打ち、下流には真杙を打ち、斎杙には鏡をかけ、真杙には真玉をかけ、その鏡のように我が思う妹、その真玉のように我が思う妻、おまえがいるからこそ家に帰りたいと思い、国を偲ぶのだよ。) 

ここに出てくる伯瀬とは長谷寺付近の地名です。
「こもりくの」という枕詞は、『伯瀬』または『志多備』の枕詞ですが、『黄泉の国』のことを『志多備国』ともいいます。
黄泉の国とは死後の国のことです。
同じ「こもりくの」という枕詞を用いるところから、『伯瀬』もまた『死後の国』を意味する地名ではないかと私は推理しました。

長谷寺 桜


蠣貝に足踏ますな 

木梨軽皇子が流罪となって伊予に旅立つとき、衣通姫はこんな歌を木梨軽皇子に贈っています。

夏草の あいねの浜の 蠣貝(かきがい)に 足踏ますな 明かして通れ

(逢って寝るという名の「あいね」の浜の、牡蠣の貝を足で踏まないように、夜が明けてからお通り下さいね。)

「あいねの浜」ってどこにあるんでしょうね。調べてみたけどわかりませんでした。
それはともかく、衣通姫が「あいね」という地名に「逢って寝る」という意味をかけているのが気になります。

古には「逢う」「見る」などの言葉は男女関係を持つことを意味していました。
一般的にこの歌は「貝殻で足を傷つけないように」と衣通姫が木梨軽皇子を気使った歌とされていますが
「あいねの浜」と詠んでいるところを見ると、そういう意味ではなく、もっとセクシーな意味の歌ではないかと思えて仕方ありません。

長谷寺 階段 桜  


歓喜天(聖天さん)は鬼王ビナヤキャがビナヤキャ女神に足を踏みつけられるお姿をしておられます。
なぜこのようなお姿をされているのでしょうか。

伝説によると、鬼王ビナヤキャはビナヤキャ女神に一目ぼれして、「妻になれ」と命じています。
ビナヤキャ女神は鬼王ビナヤキャに「仏法守護を誓うならあなたと結婚する」といい、鬼王ビナヤキャは仏法守護を誓ってビナヤキャ女神と結婚しました。
この伝説から考えて、女神が男神の足を踏みつけるというのは、女神と男神の和合を表しているのだと思います

おそらく衣通姫はこの歓喜天の伝説を踏まえて「貝に足を踏まれないように」と言ったのだと思います。
そして昔から貝は女性のシンボルの喩えとして用いられてきました。
つまり歌はこういう意味ではないかと思います。

逢って寝るという名の「あいねの浜」で他の女性と浮気なんてしちゃいやよ。
夜「あいねの浜」を通るとあなたは他の女性に逢ってその人と寝るかもしれないわ。だから夜があけてから通ってちょうだいよ!

長谷寺 五重塔 桜 

塔百景2

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[2016/04/13 10:00] 奈良県 | トラックバック(-) | コメント(-)