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安楽寿院 桜 『鬼王ビナヤキャはなぜ大根が好物なのか』 

京都市伏見区 安楽寿院
撮影 2016年4月5日


この日、安楽寿院に行く予定はしてなかったんですが、近鉄電車の車窓から安楽寿院の桜が見えた!
慌てて竹田駅で降り、安楽寿院へ向かいました。

安楽寿院 桜

ああ~、来てよかった~。

●院政の地・鳥羽離宮

このあたりは平安末期、鳥羽離宮があったところです。
鳥羽離宮には白河上皇・鳥羽上皇・後白河上皇が住み、院政が行われていました。

鳥羽離宮跡 説明板 イラスト(部分) 
↑ 案内板に描かれていた鳥羽離宮の絵(部分)です。
杉山信三さんの復元案に基づき、中西立太さんが描いたものだそうです。
ラブホが林立する現在の町並からは想像もつかない~。

安楽寿院は鳥羽離宮の東殿に造られた仏堂でした。

●鳥羽天皇と三人の皇子


安楽寿院 多宝塔

近衛天皇安楽寿院南陵

鳥羽天皇陵 
鳥羽天皇安楽寿院陵


近くには鳥羽天皇安楽寿院陵と近衛天皇安楽寿院南陵があります。
近衛天皇は鳥羽天皇の第九皇子で16歳という若さで崩御されました。
崇徳天皇・後白河天皇も鳥羽天皇の子ですが、崇徳天皇の本当の父親は白河院(鳥羽天皇の祖父)だとも言われ、鳥羽天皇は崇徳天皇のことを叔父子(叔父にして子であるという意味)と呼んで嫌っていたと言われます。(かわいそう~)
また後白河天皇は大変今様が好きで毎日歌っていたそうです。
後白河が現代に生まれていたら、毎日カラオケに入り浸り、マイクを離さず歌いまくっていたでしょう。
そのため鳥羽天皇は後白河を「天皇の器ではない」と考えていたとか。
鳥羽天皇は早世した近衛天皇を最も愛しており、それで陵も近くにあるのかもしれませんね。

●鬼王ビナヤキャはなぜ大根が好物だったのか


安楽寿院 太子堂 桜

↑ 太子堂です。

1596年の大地震で安楽寿院の新御塔(三重塔)が倒壊しました。
その倒壊した建物の材料を用いてとりあえずみほとけを安置するために建てたそうです。
現在は弘法大師(空海)像を本尊としているそうです。

太子堂の正面に回ってお参りしましょう~♪

安楽寿院 太子堂 桜2 
あれ?

安楽寿院 太子堂 

大根かな?

安楽寿院 太子堂 紋 

大根は聖天さん(歓喜天)のシンボルです。(下は双林院の提灯に描かれた大根)

双林院 提灯

調べてみたところ、やはりこの大師堂には大日如来、薬師如来、聖観音、十一面観音、千手観音、地蔵菩薩、不動明王などとともに、歓喜天が祀られているそうです。

これらのみほとけは、旧塔頭で祀られていたものとのことですが、あたかも大師堂のトレードマークであるかのごとく扉に透かし彫りしてあります。

歓喜天とは象頭の男女(鬼王ビナヤキャ&ビナヤキャ女神)が抱きあうお姿の神です。
http://www.sakai.zaq.ne.jp/piicats/kannki.htm
↑ こちらのサイトに歓喜天の絵が掲載されています。

安楽寿院 書院・庫裏 桜

なぜ大根が歓喜天のシンボルなのかというと、歓喜天は鬼王ビナヤキャとビナヤキャ女神の男女双体の神なのですが
鬼王ビナヤキャの好物が大根とされているのです。

大根は直根の先端にある生長点が石ころなどにあたると、側根が肥大して二股になってしまうことがよくあるそうです。

東京の待乳山聖天の境内にはいたるところに交差する二股大根のモチーフがあります。
http://matome.naver.jp/odai/2142587345229219301
そして待乳山聖天の二股大根はヒトの下半身を表しているとも言われます。

歓喜天の男神・鬼王ビナヤキャの好物は大根とされますが、それは女性の下半身が好きだと、そういう意味なのではないでしょうか。

安楽寿院 薬師堂 桜 

毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!

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[2016/04/10 00:00] 京都府 | トラックバック(-) | コメント(-)