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二月堂 お水取り 紫木蓮 『生身の観音とは?』 

奈良県奈良市雑司町 東大寺二月堂
修二会・・・3月1日~14日


二月堂 修二会 お松明 
●厨子に閉じ込められた小観音

二月堂の修二会について、次のような伝説があります。

751年、実忠和尚が笠置寺の竜穴を見つけ、中に入って歩いていくと兜率天がありました。
兜率天では菩薩たちが仏前に懺悔する悔過の行法を行っていました。
この様子に感激した実忠はこの行法を人間界でも行いたいと思いました。
しかし菩薩はこういって諦めるよう実忠を諭しました。
「兜率天の1日は人間世界の400年なので、この行法を人間世界で行うと数百年も掛かる。
また生身の観音が必要なんだよ。」と。
それでも実忠は諦めません。
「それなら走ってやるよ!それに心をこめて祈れば生身の観音もきっとあらわれるよ!」
人間世界に戻った実忠和尚は、摂津の難波津で補陀洛山にむかって閼伽折敷(四角い小さな器)を海に流しました。
すると100日目に生身の十一面観音様が折敷にのって難波津へ流れつきました。
その十一面観音は銅製7寸の像で、人肌のように温かみがありました。
こうして752年2月1日に二月堂で修二会が行われました。


この生身の十一面観音が生身の観音で、二月堂の御本尊の小観音(こがんのん)だということなのでしょう。
二月堂の御本尊はこの小観音のほか、大観音(おおがんのん)もあります。

どちらも絶対秘仏なのでよくわからないのですが、
小観音は7寸ということなので、1寸=約3cmとすると21cmくらいじゃないかと思います。
小観音は扉のない厨子に納められているそうです。
つまり小観音は厨子を壊さない限り厨子の中から出すことはできないということですね。
小観音は扉のない厨子の中に閉じ込められているといってもいいでしょう。

●生身の観音

さてさて『生身の観音』とはどういう観音様のことでしょうか?
『生身(しょうじん)』とは仏教用語です。
諸仏菩薩には法身と生身の二身があり、所証(修行によって得られた悟り。証得した内容。)の理体(本体)を法身、
衆生を済度する為に、父母に胎を託して生じる肉身を生身というそうです。

もし仏教に詳しい方がおられましたら教えていただきたいのですが、『父母に胎を託して生じる肉身』というのは人間のことではないのでしょうか。


二月堂 修二会 お松明2

●菅原道真は生身の観音だった?

かつて北野天満宮の神宮寺だった東向観音寺の門前に『天満宮御本地仏・十一面観世音菩薩』と刻まれた石碑がたてられています。
 『天満宮御本地仏・十一面観世音菩薩』とはどういう意味なのでしょうか?

天満宮とは北野天満宮の御祭神・菅原道真のことをいっているのだと思います。
 
本地仏とは本地垂迹説から来る言葉です。
本地垂迹説とは「日本古来の神々は仏教の神々が衆上を救うために仮にこの世に姿を現したものである。」とする考え方のことです。

神のもともとの正体である仏教の神のことを本地、仮にこの世に姿を現した日本の神のことを権現、化身などといいました。
垂迹とは仏教の神が仮の姿となってこの世にあらわれることをいいいます。

『天満宮御本地仏・十一面観世音菩薩』とは『菅原道真のもともとの正体である十一面観音をお祀りしています』という意味だと思います。


つまり、東向観音寺の十一面観音は菅原道真だということで、菅原道真は『生身の観音』だといえるのではないかと思います。


●怨霊と生身の観音の関係

えーーっ、菅原道真が『生身の観音』? 菅原道真って怨霊じゃなかったの?

そんな声が聞こえてきそうです。

おっしゃるとおり、菅原道真は怨霊です。
怨霊とは政治的陰謀によって不幸な死を迎えた人のことで、このような人は死後怨霊となって疫病や天災を引き起こすと考えられていたのです。

道真は藤原時平の讒言によって大宰府に左遷となり、失意のまま亡くなりました。
その後、道真左遷に関わった人が相次いで亡くなり、疫病が流行り、清涼殿に落雷が落ちるなどしました。
これらは全て道真の怨霊の仕業だと考えられたのです。

そして怨霊は祀り上げることで守護神に転じるという、何とも都合のいい信仰もありました。

怨霊となった道真が祟ることをやめて守護神となるよう、道真は祀り上げられ神とされたのです。

さらに日本では古くより神仏は習合されて信仰されていました。
そのベースとなった考え方が、さきほどお話しした本地垂迹説です。

菅原道真という神様は十一面観音の生まれ変わりである、昔の人々は考えたわけですね。


●実忠和尚は怨霊の出現を望んだ?

二月堂の本尊・小観音が生身の観音だということは、小観音は菅原道真と同様、人間なのではないかと思えます。
それも幸福な人生を送った人間ではなく、政治的陰謀によって不幸な死を迎えた人だと思います。
そしてそういう人の怨霊が祟らないように神として祀り上げ、さらには十一面観音の生まれ変わりであると信仰したというわけでしょう。
実忠和尚は心をこめて祈り、怨霊の出現を望んだということでしょうか?

そうして観音になった人物の像を扉のない厨子にとじこめる・・・。
何やらぞっとしてしまいます。

二月堂 裏参道 紫木蓮

うちの近所の木蓮が満開になっていました。
今年は春の花の開花が早くてびっくりです。
二月堂裏参道の紫木蓮も咲いているかも?


 
毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!

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[2016/03/13 00:00] 奈良の祭 | トラックバック(-) | コメント(-)