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宝山寺 般若窟柴燈大護摩供 『生駒山は聖天さんの聖地だった?』 

宝山寺 柴燈護摩供4  

奈良県生駒市 宝山寺
般若窟柴燈大護摩供・・・3月第2日曜日


●聖天さんを祀る山

生駒山は655年に役行者が開いたとされる修行道場です。
1678年、湛海律師によって宝山寺が創建されました。
本尊は不動明王で、鎮守神として聖天さん(大聖歓喜天)を祀っています。
宝山寺が生駒聖天と呼ばれるのはそのためです。


宝山寺 柴燈護摩供3

●聖天さんと道祖神は習合されていた?

聖天さんについては過去に何度も記事にしていますが、改めてまとめておくことにします。

①男女双体の神・大聖歓喜天には次のような伝説があります。

鬼王ビナヤキャの祟りで疫病が流行りました。
そこで十一面観音がビナヤキャ女神に姿を変えて鬼王ビナヤキャの前に現れました。
鬼王ビナヤキャはビナヤキャ女神に一目ぼれし、妻になれと命じました。
ビナヤキャ女神は「仏法守護を誓うのならばあなたの妻になりましょう」と言いました。
鬼王ビナヤキャは仏法守護を誓ってビナヤキャ女神を妻としました。

聖天さんはビナヤキャ女神がビナヤキャの足をふみつける男女双体のお姿であらわされます。
 ←こちらのサイトの下の方に歓喜天の絵が掲載されています


宝山寺 柴燈護摩供6jpg


②日本の神はその現れ方で、御霊・和魂・荒魂に分けられるといわれています。
御霊・・・神の本質
和魂・・・神の和やかな側面
荒魂・・・神の荒々しい側面

③日本の女神は和魂、男神は荒魂であるとする説があります。
すると神の本質である御霊は男女双体の神なのではないでしょうか。

御霊・・・神の本質・・・・・・・男女双体の神
和魂・・・神の和やかな側面・・・女神
荒魂・・・神の荒々しい側面・・・男神


④明治まで神仏は習合されて信仰されていました。
日本神道は仏教の影響を受けているのではないでしょうか。
とすると、次のような関係がなりたちます。

御霊・・・神の本質・・・・・・・男女双体の神・・・大聖歓喜天
和魂・・・神の和やかな側面・・・女神・・・・・・・ビナヤキャ女神
荒魂・・・神の荒々しい側面・・・男神・・・・・・・ビナヤキャ

⑤怨霊とは政治的に不幸な死を迎えた人のことで、疫病や天災は怨霊のしわざで引き起こされると考えられていました。
ところが、怨霊=祟り神は、祀り上げることで守護神に転じるという何とも都合のいい信仰もあったのです。
男神(荒魂)と女神(和魂)を和合させることは、怨霊を鎮魂し、よい神に転じさせるための呪術ではないでしょうか。

⑥男女双体の神といえば道祖神があります。道祖神はサルタヒコとアメノウズメの男女双体の神だとされています。

御霊・・・神の本質・・・・・・・男女双体・・・大聖歓喜天・・・・・・道祖神
和魂・・・神の和やかな側面・・・女神・・・・・ビナヤキャ女神・・・・アメノウズメ
荒魂・・・神の荒々しい側面・・・男神・・・・・ビナヤキャ・・・・・・サルタヒコ


宝山寺 柴燈護摩供5   
⑦サルタヒコとアメノウズメには次のような伝説があります。
高天原から葦原中国までを照らすサルタヒコという神が天孫・ニニギを高天原から葦原中国まで道案内しました。
葦原中国についたニニギはアメノウズメに次のように命じました。
「サルタヒコを故郷の伊勢へ送り届け、サルタヒコに仕えて彼の名前をつたえよ。」
のちにサルタヒコはあざかの海で貝に手を挟まれて死にました。

「サルタヒコに仕えて彼の名前をつたえよ。」とは「サルタヒコと結婚してサルタヒコの名前を伝えよ」という意味ではないでしょうか。
また、サルタヒコは貝に手を挟まれて死んでいますが、貝とは女性器の喩えであり、サルタヒコはアメノウズメの性的魅力に溺れて死んだということではないでしょうか。
ちょうどビナヤキャがビナヤキャ女神の性的魅力に溺れて仏になったように。

⑧道祖神は男女の神像が手を握り合う姿のものが多いです。
http://www15.wind.ne.jp/~kurasho/history/history2.html
これはは手を握り合っているのではなく、女神が男神の手を握って押さえつけているの図ではないでしょうか。
歓喜天は女神が男神の足を踏みつけていますが、道祖神は脚のかわりに手を押さえつけているというわけです。

⑨道祖神の中には歓喜天のように女神が男神の足を踏みつけていたり、和合する姿のものもあります。
道祖神は歓喜天と習合されているのではないでしょうか。


宝山寺 柴燈護摩供  


サルタヒコと物部氏の祖神・ニギハヤヒは同一神だった?

⑪サルタヒコは高天原から葦原中国までを照らす神だとされますが、これにぴったりな神名を持つ神がいます。
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてる くにてる ひこ あめのほあかり くしたま にぎはやひ の みこと)です。
(高天原は天、葦原中国は国なので)
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊とは先代旧事本紀に記された名前で、日本書紀や古事記では単にニギハヤヒとなっています。

⑫ニギハヤヒは初代神武天皇が東征する以前に天の磐船を操って畿内に天下っていたとされます。
ここから初代神武天皇以前、畿内には物部王朝があったとする説があります。

⑬天照大神が天岩戸に籠った際、アメノウズメのストリップダンスに興味を持って岩戸から出てきました。
女神のストリップに興味を持つのは男神だ、よって天照大神は男神だとする説があります。
そして天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊=ニギハヤヒが本当の天照大神だとする説があります。

⑭ニニギがアメノウズメに「サルタヒコを故郷の伊勢へ送り届けよ」と命じたことを思いだしてください。
伊勢には天照大神を祀る伊勢神宮があります。
サルタヒコの故郷が伊勢だということは、サルタヒコが天照大神であったということではないでしょうか。

⑮私は天照大神とはアメノウズメとサルタヒコ=ニギハヤヒの男女双体の神だと思います。
それゆえ、女神として登場したり、ストリップに興味を持つ男神として登場したりするのではないでしょうか。

●生駒山が聖天さんの聖地となった理由


⑯平安時代、生駒山には都史陀山 大聖無動寺という寺があり、空海もここで修行を行ったといわれています。
大聖無動寺という寺名は聖天さん(大聖歓喜天)を思い出させます。
生駒山には古くより聖天さんに対する信仰があったのではないでしょうか。

⑰さきほど、サルタヒコとニギハヤヒは同一神ではないかと書きましたが、ニギハヤヒが天下ったとされる場所は生駒山系の哮峰(いかるがのみね)にある磐船神社付近とされます。
生駒山はニギハヤヒが天下った聖なる山だったのです。

⑱サルタヒコ(ニギハヤヒ)+アメノウズメ=道祖神=大聖歓喜天
というわけで、ニギハヤヒの聖地・生駒山は大聖歓喜天の聖地になったのではないかと思うのですが、どうでしょう?

宝山寺 柴燈護摩供2  



毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!

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[2016/03/12 00:00] 奈良の祭 | トラックバック(-) | コメント(-)