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播州清水寺 青空 白雲 『法道仙人の正体とは』 


JR相野駅よりバスに乗って播州清水寺へと向かいます。
入山料はバスの中で運転手さんに渡すというシステム。
お寺の栞は運転手さんが配ってくれます。

仁王門の仁王様が出迎えてくれました。

播州清水寺 仁王 吽形 


播州清水寺 仁王 阿形

播州清水寺の仁王門はガラス(ポリカかも)張りになっていて、青空と白い雲が写っていました。


播州清水寺 講堂

1800年前、景行天皇の御代に天竺(インド)の僧・法道が創建したと伝わります。
法道さんってどこかで聞いた名前だなあ?
そうそう、京都府福知山市の観音寺を創建したのもこの法道さんでした。
観音寺 柏葉紫陽花 『空也と鉢叩き』 

観音寺を法道が創建したのは720年ということでした。
その法道が1800年前に播州清水寺を創建したということは、法道は500歳以上もの長寿だったということになってしまい、ちょっと信じられません。
第一、仏教が日本に伝来したのは6世紀とされていますし、1800年前の日本に仏教寺院があったとは考えにくいです。

私は法道とは実在した人物ではないと考えています。
法道は牛頭天王と一緒に日本にやってきたといわれていますが、法道とは牛頭天王そのものなのではないかと思うのです。

牛頭天王とは京都の八坂神社で祀られている神様のことです。

八坂神社の寺伝によれば、「656年、高句麗より来日した調進副使・伊利之使主(いりしおみ)が、新羅の牛頭山に祀られるスサノオを山城国愛宕郡八坂郷に祀った。」といています。

ところが兵庫県姫路市の広峯神社(兵庫県姫路市広嶺山52)の記録には「869年疫病が流行り、藤原基経が播磨(播州)国の牛頭天王を都に勧請した。 」とあるのです。

牛頭天王が播磨から都へ遷る際に立ち寄ったとされる場所も複数あります。
(祇園神社/神戸・難波八坂神社/大阪・岡崎神社/京都・元祇園梛神社/京都 など)
なので、牛頭天王の本社は広峯神社のほうではないかと思います。
祇園祭 後祭 花笠巡行 

明治まで神仏は習合して信仰されていました。
京都の八坂神社も平安時代には観慶寺(別名 祇園寺)と呼ばれていました。

八坂神社や広峯神社の御祭神・牛頭天王はもともとは仏教の天部のひとつで、インドのインドラ神の化身とされています。
この牛頭天王の信仰は4世紀ごろには中国に伝わり、朝鮮を経て日本に伝わったと考えられます。

法道はインドで生まれ、中国・朝鮮半島を経由して、日本へと渡ってきたとされますが、法道とは牛頭天王そのものであり、「インドで生まれ中国・朝鮮半島を経由して日本へ渡った」とうのは牛頭天王の信仰が伝わっていくさまを擬人化して表現したものではないでしょうか。

播磨(播州)には法道にゆかりのある寺が多いそうですが、それは播磨において広峯神社の牛頭天王が厚く信仰されていたことを物語るものではないかと思います。


播州清水寺  

播州清水寺・・・兵庫県加東市平木1194

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[2015/06/15 12:44] 兵庫県 | トラックバック(-) | コメント(-)