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京都ゑびす神社 宝恵かご 舞妓さん 『耳の悪い神』 


京都府京都市東山区 京都ゑびす神社
十日えびす・・・http://www.kyoto-ebisu.jp/tooka.html

京都ゑびす神社 十日戎 宝恵籠2 
京都ゑびす神社 宝恵かご社参

②えべっさんは耳が悪いので社殿の裏を叩いて参拝する。

『えべっさん』は耳が悪いと言われています。
なので参拝する際には『えべっさん』に聞こえるように社殿の裏を叩いて参拝します。
大阪の今宮戎神社にも同様の習慣があります。

京都ゑびす神社 十日戎 

京都ゑびす神社の社殿の裏を叩いて参拝する人々


③榎本の神も耳が悪い。

奈良・春日大社にある榎本神社にもそんな習慣がありましたね。

榎本神社

榎本神社

榎本の神はタケミカヅチに『土地を三尺譲ってほしい』といわれ、承諾しました。
ところがタケミカヅチの言う三尺とは地下三尺という意味だったのです。
こうして榎本の神は広大な神域をタケミカヅチに奪われてしまいました。


榎本の神を祀る祠は春日大社本殿のそばにありますが、榎本の神は耳が遠いので、柱を叩き、祠を回って参拝する習慣があります。

京都ゑびす神社 十日戎 宝恵籠 

京都ゑびす神社 宝恵かご社参

④榎本の神=猿田彦=ニギハヤヒ?

榎本神社の御祭神は猿田彦です。
記紀によれば、猿田彦は「高天原から葦原中国までを照らす神」だと記されていますが、これにぴったりな神名を持つ神がいます。
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてる くにてる ひこ あめのほあかり くしたま にぎはやひ の みこと)です。
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊というのは先代旧事本紀の記述で、記紀では単に、ニギハヤヒとなっています。

京都ゑびす神社 十日戎 宝恵籠3

 京都ゑびす神社 宝恵かご社参

⑤榎本の神は物部氏の神だった?


ニギハヤヒは物部氏の祖神で、初代天皇の神武が日向から東征して畿内入りする以前に天下っていたとされます。
ここから神武以前に物部王朝があったとする説もあります。

つまり猿田彦とニギハヤヒは同一神だと考えられます。
ということは榎本の神は物部氏の神なのだと思います。

京都ゑびす神社 十日戎 舞妓さん2 

京都ゑびす神社 

⑥陰陽に描き分けられた物部守屋と聖徳太子

飛鳥時代、物部守屋という人物がいました。
587年、排仏派の物部守屋は崇仏派の蘇我馬子や聖徳太子と戦い、榎の枝で指揮をとっていたところ、迹見赤檮に矢で射られて死亡しました。

一方の聖徳太子も矢で射られそうになりましたが、椋の木の中に隠れて難を逃れたという伝説があります。

 大聖将軍寺 神妙椋樹

大聖将軍寺 神妙椋樹.


物部守屋と聖徳太子は陰陽に描き分けられているのです。

聖徳太子は1度に10人の言うことを聞き分けることができるほど耳がよかったという伝説もあります。
物部守屋と聖徳太子が陰陽に描き分けられているのであれば、物部守屋は耳が悪いのではないでしょうか?

⑦榎本の神=えべっさん=物部守屋?

榎本の『本』を漢和辞典でひくと『下の意を表す。』とあります。
榎本の神とは、榎の木の上にいたところを矢で射られた守屋は木から落ちて榎の本(下)にいる神という意味で、物部守屋のことなのではないでしょうか。

そして同じように耳が悪いとされている『えべっさん』の正体も物部守屋だったりして?


京都ゑびす神社 十日戎 舞妓さん 

京都ゑびす神社





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[2017/01/08 00:00] 京都の祭 | トラックバック(-) | コメント(-)