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北野天満宮 雪 『三光門の謎』 


京都市上京区  北野天満宮
2010年12月31日 撮影

北野天満宮 雪 
2010年の大晦日、京都で雪が降りました。
大掃除をほったらかして雪景色の京都へ出かけたことを懐かしく思い出します。

北野天満宮 三光門

①三光門には星がない?

↑ 三光門です。
三光門と呼ばれているのは彫刻の中に日月星があるためです。

北野天満宮 三光門-星

↑ 太陽?

北野天満宮 三光門 太陽  

↑ 月?

北野天満宮 三光門-月  

↑ 三日月ですよね。

あれ?三光門なのに星がない?

平安時代に天皇が大内裏(だいだいり、宮殿)から、その北方にある北野天満宮を拝んだ際、この三光門の真上に北極星が瞬いていたため、星を刻まなかったとも言われています。

②星は丸で表現される。

私は三日月が月、赤丸が星、黄丸が太陽だと思います。

星は星型(☆)で表現されると思いがちですが、相撲では黒星・白星は丸で表現しますね。


城南宮 城南祭5 
↑ 城南宮のご神紋 も日月星を象ったものといわれていますが、大きな丸と小さな丸、そして三日月がデザインされています。

③太陽は赤くない。

太陽は赤で描かれることが多いです。
でも太陽が赤いのは日の出や日の入りなどのわずかな時間のみで、日中の太陽は赤くはありません。
また、月は黄色で描かれることが多いですが、実際には白っぽい色に見えることが多いです。
三光門の三日月は銀色に塗られています。

④星にはさまざまな色がある。


一方、星には赤・黄・青などさまざまな色のものがあります。 
惑星や衛星の色は反射光によるもので、星の表面にある物質が何色の光を反射するかによって色が違ってみえます。
たとえば火星は表面の酸化鉄が赤い光を反射するので赤く、木星は表面のメタンが黄色い光を反射して黄色に見えます。
地球の大気と水は青い光を反射するため青く見えます。

自ら光を発する恒星の場合星の場合は温度によって色がかわってきます。
温度が低い星は赤く、温度が高くなるにつれ黄色~青色になります。

表面温度3600K以下の星は赤く見えます。 ペテルギクス、アンタレスなど。
3600~5000Kの星は橙色に見えます。 アルデバラン、アークトクルスなど。
5000~6000Kでは黄色く見えます。カペラなど。
6000~7500Kは薄黄色。 プロキオン、カノープスなど。
7500~11000Kは白。 シリウス、ベガなど。
11000K以上だと青白く見えます。 リゲル、スピカなど。

⑤太陽は黄色

太陽は、5000~6000kで黄色です。
また外国では太陽は黄色で描かれることが多いです。

なので、三光門の黄色い丸は太陽で、赤い丸は星ではないでしょうか。

北野天満宮 地主神社 雪


追記

「三光門の黄色い丸は太陽で、赤い丸は星ではないでしょうか。」と書きましたが、訂正します。
三光門の黄色い丸は星、赤い丸が太陽だと思います。

その理由を記します。

三光門 図2

実は北野天満宮の北野天満宮の三光門の写真を撮影したのはかなり昔で、どこに彫刻があったかよく覚えていません。
↑ こちらの記事を参考にさせてもらって、位置を確認したのですが、もし間違いがあれば指摘してください。

陰陽道の宇宙観では、東が太陽の定位置、西が月の定位置、中央は星とします。


三光門は南向きに建てられているので、この陰陽道の宇宙観とは90度ずれて、
南に太陽、北に月、中央を月としていそうです。

すると、赤い丸が太陽、黄色い丸が星ということになります。

また、、西福寺にある地獄絵は太陽が赤、月が白で描かれていました。

西福寺 地獄絵


西福寺 地獄絵

この絵が描かれた時代がわからないのですが

上のサイトに掲載されている六道珍皇寺の熊野観心十界曼荼羅は江戸時代の作品とあり
遅くとも江戸時代には太陽を赤で描くことがあったようです。


そして北野天満宮の三光門は、江戸時代初期の1607年(慶長12年)に豊臣秀頼によって建立されたものです。


このように考えると、
赤い丸は太陽、黄色い丸は星(北極星/ポラリスは黄色)と考えたほうがよさそうに思えます。





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[2017/01/02 09:37] 京都府 | TB(0) | CM(0)

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