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西明寺(京都) 紅葉 『聖天さんのご利益は倍返しだ~!』 

京都市右京区 西明寺
2010年11月13日 2015年11月8日 撮影

西明寺 橋 
指月橋

●槇尾山聖天堂

清滝川にかかる赤い橋は指月橋と呼ばれています。
写真には写っていないのですが、指月橋の手前には『槇尾山聖天堂』と記された石碑がたっています。

西明寺 門 
門をくぐって境内に入ると、目の前に本堂があります。

西明寺 本堂 
本堂

本堂の向かって左手のお堂が聖天堂です。

西明寺 紅葉 聖天堂 
聖天堂

聖天堂には聖天袋と違い大根の紋を描いた幕が掛けられていました。

西明寺 聖天堂

幕向かって左側の聖天袋の紋が紅葉で隠れてしまいました。すいません。

違い大根と聖天袋は聖天さんをあらわす紋です。

●男女双体のみほとけ

聖天さんは歓喜天、大聖歓喜天ともいわれ、象頭の男女が抱き合う姿で表されます。
秘仏とされていることが多く、実際に拝観したことはないのですが。

聖天さんには次のような伝説があります。

マラケイラレツ王は牛と大根が好物でした。
牛を食べつくしてしまうと死人の肉を、死人の肉を食べつくしてしまうと生きた人の肉を食べました。
人々はこれを憂い、マラケイラレツ王に対して挙兵しました。
するとマラケイラレツ王は鬼王ビナヤキャとなり飛び去ってしまいました。
その後鬼王ビナヤキャの祟りで疫病が流行りました。
そこで十一面観音がビナヤキャ女神に姿を変えて鬼王ビナヤキャの前に現れました。
鬼王ビナヤキャはビナヤキャ女神に一目ぼれし、妻になれと命じました。
ビナヤキャ女神は「仏法守護を誓うのならばあなたの妻になりましょう」と言いました。
鬼王ビナヤキャは仏法守護を誓ってビナヤキャ女神を妻としました。


 ←こちらのサイトに歓喜天の絵が掲載されています。

足を踏みつけているのがビナヤキャ女神で、踏みつけられているのが鬼王ビナヤキャです。
足を踏みつけているのはビナヤキャ女神がビナヤキャの祟る力を押さえつけているのをあらわしているのでしょう。

●聖天さんの紋が違い大根なのはなぜ?

聖天さんの紋が違い大根なのはビナヤキャの好物が大根であるところからくるのですが、
なぜビナヤキャは大根が好きだなどと言われているのでしょうか。

東京の待乳山聖天の紋は二股大根です。

待乳山聖天 二股大根

 待乳山聖天

大根は直根の先端にある生長点が石ころなどにあたると、側根が肥大して二股になってしまうことがよくあるそうです。
二股大根は人の下半身を表しているなどとも言われています。
聖天さんはエッチが好きな仏さまなので、このような紋を用いているというんですね~。

それもあるかもしれませんが、古の人々は二股の大根を、二本の大根がくっついていると考えたのかも。
それで男女双体の聖天さんにふさわしいシンボルであると考えられたのではないかなあ、などと思ったりします。

西明寺 鐘楼 
鐘楼

もうひとつの聖天さんの紋が袋なのはなぜ?

もうひとつの聖天さんの紋が袋なのはなぜでしょうか?
私はこの袋の中にはドクロが入っているのではないかと想像したりします。

インドにマハーカーラ(大いなる闇)という神がいます。
マハーカーラは日本に伝えられ、大黒天として信仰されています。

マハーカーラは片手に 宝物の入った小袋、又は人間の生首を持っていたと聞いた記憶があります。
またマハーカーラは不老長寿の薬を持っているともされます。

日本に真言立川流という宗教がかつてありました。
立川流ではドクロに漆や和合水を塗り重ねて髑髏本尊をつくり、これを袋に入れて7年間抱いて寝ると8年目に髑髏本尊が命をもって復活すると考えられていました。

おそらく立川流はインド密教をとりいれて成立したものだと思いますが、どうもドクロは復活にはかかせない呪具であったように思われます。

マハーカーラが持っている不老長寿の薬とは生首(ドクロ)ではないかと思えるのです。
すると大黒天の袋の中に入っているのもドクロでしょう。
聖天さんの袋の中にもドクロが入っているのではないでしょうか。

ビナヤキャは鬼王とありますが、鬼という漢字は「死者の魂」をあらわすそうです。
しかもビナヤキャは祟る神で、疫病をもたらしたと伝説にあります。
しかしビナヤキャはビナヤキャ女神を抱くことでみほとけとして復活しました。
そこで復活のシンボルである袋が、聖天さんのシンボルとされたのではないでしょうか。


西明寺

●倍返しのお守り


西明寺の聖天堂では『倍返しのお守り』が授与されています。

聖天さんの霊力はたいへん強力だとされているので、ご利益が倍返し、ということなのでしょう。

ですが、いい加減なやり方で供養するとかえって災いがあるとか、子孫7代の福をとる、などとも言われています。
子孫7代の福をとるというのは、自分自身が子孫の分の福もとってしまって、子孫は福に恵まれないということです。
子供のことを思うならご利益もそこそこでよしとしておいた方がいいのかも?


西明寺 指月橋 

 


毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!

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[2016/11/08 00:00] 京都府 | トラックバック(-) | コメント(-)