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叡福寺 夕景 桜紅葉 『太子廟には鳥が巣をつくらない』 

大阪府南河内郡 叡福寺
2010年11月6日 撮影


叡福寺 多宝塔 夕景 
塔百景25

叡福寺境内の奥に叡福寺北古墳があり、聖徳太子廟に治定されています。
↓ 立派な扉がついていますが、明治時代にコンクリートで塞がれたので中に入ることはできません。

太子廟 

●太子廟七不思議


太子廟には不思議な言い伝えがあり太子廟七不思議と言われています。

①御廟内には松や笹が生えない。
②鳥が巣を造らない。
③大雨が降っても御廟の土が崩れない。
④御廟を取り巻く結界石は何度数えても数が合わない。
⑤メノウ石に太子の御記文が彫られたものが、太子の予言どおりに死後430年後(1054年)に発見された。
⑥御廟の西にあるクスノキは、母后を葬送したときに、太子自らがかついだ棺の轅(ながえ)を挿したものが芽をふいたものである。
⑦894年、法隆寺の康仁大徳が御廟内を拝見した時、太子の着衣は朽ちていたが、その遺骸は生きているように温かく柔らかかった。

叡福寺 仁王像 

●古代、鳥は死の象徴だった?

この太子廟七不思議の中で「②鳥が巣を造らない。」というのが気になっています。

現代人にとって鳥は希望の象徴で「翼ください」なんて歌もありますね。
けれど古代人にとっては鳥は希望の象徴ではなく、死の象徴であったように思われます。

というのは、古事記に「死んだヤマトタケルが白鳥となって飛び立った」「鳥たちがアメノワカヒコの葬儀を執り行う」などの記述があるからです。
またササキという鳥がいますが、これに御をつけるとミササギ(陵)となります。
昔の人は死んだ人の霊は鳥になって空へ飛んでいくと考えたのではないでしょうか。

巨大な前方後円墳が地上からではその形が認識できず、飛行機などに乗って高いところから見下ろすことによってようやくその形が認識できるのも、古墳が鳥の視線を意識して作られているためだと思います。



大阪府堺市 仁徳天皇陵 きれいな前方後円墳の形がわかりますね。



聖徳太子廟 円墳なのだそうですが、こちらは周囲にも木が茂っているせいか、よく形がわかりませんね。


●聖徳太子の棺の中に遺体がなかった。

そして太子廟七不思議にはありませんが、「聖徳太子の棺の中を調べてみたところ遺体がなかった」という伝説もあります。

すなわち「②鳥が巣を造らない。」というのは「棺の中に聖徳太子の遺体はない。」ということなのではないでしょうか。
聖徳太子の遺体はヤマトタケルのように鳥となってとびたっていってしまったと昔の人は考えたために「②鳥が巣を造らない。」などと言われているのではないでしょうか。

叡福寺 桜紅葉 
 
叡福寺境内よりPLの塔を望む

叡福寺境内よりPLの塔を望む。




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[2016/10/29 00:00] 大阪府 | トラックバック(-) | コメント(-)