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金剛寺 紅葉 『改竄された神話?神武東征はニギハヤヒ東征だった?』 


大阪府東大阪市 金剛寺

①石切駅から金剛寺へ

石切劔箭神社→石切参道商店街→石切大仏→千手寺とやってきたところまでお話ししました。

石切の旅、過去記事はこちらです。

石切参道商店街 『南極老人星の神はなぜ二神いるの?』 
石切劔箭神社 お百度まいりなど 『キリストの弟・イスキリは石切さんだった?』※書き直しました 
千手寺 紅葉 『惟喬親王の乱と在原業平腰掛石』 

千手寺をさらに昇っていくと石切駅です。

石切駅 

石切駅

石切駅からさらに坂道を登っていくと観光客の姿はまばらに。
でも、ここから先にもお社などがたくさんあります。

黒熊明神、赤目明神、太郎明神 
黒熊明神、赤目明神、太郎明神 

熊繁大神 

熊繁大神

白光大神2 
白光大神

石光観世音 
石切観世音

途中であったお姉さんが(たぶん撤饌の)綿菓子をくれました。(ありがとうございます!)
そして「ここから20分ほど行ったところに切奥之院金剛寺というお寺があるよ」と教えてくれたので、山道を登っていくことに。

白光大神 

白光大神から金剛寺へ向かう道

金剛寺 一の鳥居 

どんどん山道になっていきますよ。鳥居には白姫大神と書いてありました。

金剛寺 二の鳥居 
まだまだ登っていきますよ~。

金剛寺 

これはなんでしょう?庚申塔かな?文字が刻んでありましたが、植物が絡みついたりしていて全然読めませんでした~。

金剛寺3 

ようやく金剛寺に到着しました。

金剛寺は明治後期の創建で弁財天をお祭りしているそうです。
創建は比較的新しいですが、古より神武天皇腰掛け石と言い伝わる石があるとのことです。
(写真撮り損ねました~。こちらの方のブログに写真がありましたのでリンク貼らせていただきます。
http://pachyderm.blog54.fc2.com/blog-entry-192.html

②神武天皇腰掛石

この神武天皇腰掛け石について、次のように記したサイトがありました。

A.また当山には開基以前より神武天皇腰掛け石と言い伝わる石があり、
これはその昔、神武天皇が日本国を統一せんが為、港より討伐に向かわれし際、
その戦いが思うに任せず、石に腰掛けて思案の末、
東(太陽)に向かって矢を放ってはならぬと、この地を下り、東側に回られた。


https://blog.goo.ne.jp/051006250510/e/52c784b802196fee920f2807b0a5b4b2 より引用

ウィキペディアには次のように記されています。

B.戊午年2月、彦火火出見尊たちは吉備国から東へ向かい難波の碕に至った。
3月に河内国日下邑の青雲白肩津から龍田へ進軍するが道が険阻で先へ進めなかった。
そこで東に軍を向けて胆駒山を経て中洲(大和国)へ入ろうとし、この地を支配する長髄彦と孔舎衛坂で戦った。
戦いに利なく、長兄の五瀬命は流れ矢にあたって負傷した。そして日の神の子孫の自分たちが日に向かって(東に向かって)戦うことは天の意思に逆らうことだと悟ることとなった。彦火火出見尊は兵を集めて草香津まで退き、再び海路南へと向かった。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%AD%A6%E5%A4%A9%E7%9A%87 より引用

Bのウィキペディアの記事は記紀をもとに記したものだと思います。

白肩津は東大阪市日下町あたりだと考えられています。
胆駒山は生駒山のことです。
孔舎衛坂は大阪府と奈良県の境の坂。現在の暗)峠または善根寺越ではないかといわれています。 
金剛寺は石切劔箭神社から坂を上った東あたりにあります。(地図では生駒山上遊園地の「生」の文字の西あたり)






ここで注意したいのは、古代の地形が現在とはかなり異なっていたということです。
大阪湾は大きく現在の内陸部にまで入り込み、河内湖とよばれていました。
現在の大阪市は上町台地あたりのみが陸地として存在していたのです。
そして現在の東大阪市は海からは遠く離れていますが、古代にはこのあたりまで海が迫ってました。

孔舎衛坂は額田駅と平岡駅の中間あたりから東に向かってのびる道、または日下町の北が善根寺町で、そのあたりから東に延びる道だと考えられています。

金剛寺2

③食い違う伝説

A・Bを読み比べて疑問に思うことがあります。
現在の石切劔箭神社や金剛寺のあたりは長髄彦が支配する土地で、神武はその長髄彦との闘いに負けたのです。
それなのに、長髄彦の土地にある石に腰かけて考える、などという余裕があったのでしょうか?

また、Aの伝説では「(神武は)この地を下り、東側に回られた。」とあります。
石切の東は奈良なので、石切の山をおりて東にある奈良に回ったという意味かと思われます。

ところがBの伝説では「彦火火出見尊(神武)は兵を集めて草香津まで退き、再び海路南へと向かった。 」となっています。

草香津は白肩津のことだと考えられています。
神武は船で東征したと思われますので、船をつないだ港に戻ったのでしょう。
つまり、奈良のある東にではなく、西にある河内湖の草香津に向かい、そののち、海路南へ向かったということです。

そののち、神武は陸路熊野越えをし、奈良側から西に向かって長髄彦軍と対峙するのです。

このAとBの差はどこから生じたのでしょうか?

石切奥之院弁天瀧 

石切奥之院弁天瀧と書いてあります。

④神武東征はニギハヤヒ東征だった?

神武東征といいますが、実はそれはニギハヤヒの東征ではないかと私は思ったりします。

ニギハヤヒは物部氏の祖神で、初代神武天皇が日向より東征して畿内入りする以前より、畿内に天下っていたと記紀(古事記・日本書紀)には記されています。
ここから神武天皇以前、畿内には物部王朝があったとする説があります。

そして15代応神天皇は九州の宇美で生まれ、そこから畿内入りするのですが
そのルートがと神武東征ルートと重なるので、神武と応神は同一人物とする説があります。

記紀は15代応神天皇が伊奢沙和気大神と名前を交換したという物語を記しています。
名前を交換するということは、応神天皇が伊奢沙和気大神に皇位を譲った話であるようにも思えます。

伊奢沙和気大神は福井県敦賀市にある気比神宮の神です。
気比神宮の摂社に角鹿(つぬが)神社があり、ツヌガアラシトを祀っています。
ツヌガアラシトは祟神58年(紀元前40年)に朝鮮半島から日本にやってきて、崇神天皇に5年仕えたとされる人です。
帰国の際、崇神天皇はツヌガアラシトの国に任那という国号を与えたとされます。
ツヌガアラシトを祀る角鹿神社が気比神宮の摂社ということは、気比神宮の御祭神・伊奢沙和気大神もまた朝鮮半島からやってきた人なのではないかと思えます。


四天王寺ワッソ 5 
四天王寺ワッソ ツヌガアラシト 角がある人、という意味みたいですね。

そしてすでに述べたように応神=神武と考えられるわけですが、応神天皇は渡来人の神の可能性が高い伊奢沙和気大神と名前を交換しています。
神武は本当は対馬海流に乗って朝鮮半島から敦賀にやってきた渡来人の伊奢沙和気大神であったのが、物部氏の神・応神天皇と名前を交換して大和朝廷の支配者になったんだったりして?

ニギハヤヒは天の磐船を操っていかるがの峰に天下ったとされます。
そしてその後大和国(奈良県)に移ったとされます。

ニギハヤヒが天下ったとされるのは大阪府交野市の磐船神社で、石切神社の北にあってそんなに離れた場所ではありません。
そして磐船神社の東は奈良です。

Aの伝説「この地を下り、東側に回られた。」の主語は神武ではなくニギハヤヒとしたほうがぴったりきそうに思えます。

そもそも石切神社の御祭神はニギハヤヒですし、ニギハヤヒが磐船神社から南の石切あたりにやってきて、ここから東の奈良に移ったとも考えられるかもしれません。

磐船神社 天の磐船 

磐船神社 ご神体 天の磐船

⑤ニギハヤヒは九州から畿内へやってきた。

ニギハヤヒは天の磐船を操っていかるがの峯に天下ったとされますが、いったいニギハヤヒはどこからやってきたのでしょうか?

これについて船場俊昭さんは九州・筑紫地方としておられます。
ニギハヤヒは物部氏の祖神ですが
筑紫地方は物部氏が住んでいたところで、北九州筑後平野と大和周辺には酷似した地名が80か所以上もあるとのことです。

築後春日田原山田市上山田玖珠天瀬久留米朝倉加美三輪雲堤筑前高田小田三井池田平群郷野方草ヶ江
大和春日田原山田上山田国栖天ヶ瀬久米朝倉賀美三輪雲梯大和高田織田三井池田平群郷額田日下

そして、九州からやってきた物部氏が故郷の地名を大和につけたのではないかというのです。
しかし、大和の地名が先にあって九州の地名があとについたという可能性もあるので、検証が必要ですね。

石切駅付近より 
石切駅付近より大阪方面を望む。かつてはここから河内湖が見えていたのでしょうね。





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