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一言主神社 彼岸花 『土佐神社の禊石は道祖神?』 


一言主神社
2019年9月28日 撮影

一言主神社2

①一言主大神は木霊(山彦)の神だった?

一言主神社の御祭神は一言主大神です。

古事記(712年)や日本書紀(720年)には雄略天皇と一言主大神が狩をしていて出会ったエピソードが記されていますよ。

雄略天皇が葛城山に登る時、向かいの山の尾根伝いに山に登る人たちがありました。
その一行は天皇の一行とまったく同じいでたちをしていました。
雄略が『この大和の国に私をおいてほかに大君はないのに、今誰が私と同じ様子で行くのか』と問うと、向かいの山の方から、全く同じ返答が返ってきました。
雄略やお供の者が怒って矢を弓につがえると、向こうの人たちも矢をつがえました。
雄略が『そちらの名を名乗れ。そしてそれぞれが自分の名を名乗って矢を放とう。』と言うと、『私が先に問われた。だから私が先に名乗ろう。私は悪いことも一言、良いことも一言、言い放つ神。葛城の一言主の大神である。』と返事が返ってきました。
これを聞いた雄略は畏まり、『おそれおおいことです。わが大神よ。現実の方であろうとはわかりませんでした。』
と言い、自分の刀や弓矢、お供の着ている衣服も脱がせて拝んで献上しました。
一言主大神は、手を打ってそれを受け取り、雄略が帰る時、一言主大神一行が雄略を長谷の入口まで送りました。 


雄略天皇と全く同じいでたちをし、同じ言葉を返す一言主大神とは木霊(山彦)を神格化したものなのではないでしょうか。

葛城山の南に金剛山がありますが、かつて葛城山と金剛山はどちらも葛城山と呼ばれていました。
そして葛城山の山麓近くには一言主神社が、金剛山の山頂近くには葛木神社があってどちらも一言主大神を祀っています。

山登りが好きな友人に聞いたのですが、葛城山から金剛山へ至るダイヤモンドトレールと呼ばれる道では、よく山彦が聴こえるそうです。

一言主神社 

②一言主大神は雄略天皇を殺して死の国『長谷』へ連れて行った?


一言主大神は雄略天皇を長谷まで送っていますね。
これは一般に、一言主大神と雄略天皇が仲良くなったことを表すものととらえられているようです。
でも、私はそういうことではないと思います。

長谷の枕言葉は『隠国(こもりく)の』ですが、『隠国の』は『志多備』の枕詞でもあります。
『志多備国』とは『黄泉の国』のことです。
『隠国』とは『志多備国』『黄泉の国』のことで『長谷』は死の国なのではないでしょうか。

長谷という地名は葬送の地を意味していると聞いたこともあります。
今でも長谷寺の奥の院あたりにはたくさんのお墓があります。

「名前を問われたほうが先に名乗る」というような習慣があったのでしょうか。
雄略天皇はそれを忘れてうっかり「それぞれが自分の名を名乗って矢を放とう」と言ったので
木霊(山彦)である一言主大神が、『私が先に問われた。だから私が先に名乗ろう。」と言って名をなのって矢を放ち、
雄略天皇は矢で射抜かれて崩御してしまったということだと思います。

IMG_1016.jpg

③「ナルキッソス&エーコー」「雄略天皇&一言主大神」

ギリシャ神話と記紀神話はほかにも似ているところがたくさんあります。
そのひとつが、「ナルキッソス&エーコー」「雄略天皇&一言主大神」です。

ナルキッソスはアプロディーテーに魔法をかけられ、愛された相手を拒むようになりました。
エーコーはヘーラーに他人の言葉を繰り返すことしかできないように魔法をかけられていました。
ナルキッソスはそんなエーコーを退屈に思い、振ってしまいます。
侮辱を罰する神・メネシスはこれを見て、ナルキッソスが自分しか愛せないように魔法をかけました。
ナルキッソスは泉に映った自分に恋し、水面に映った自分に口づけしようとして泉に落ちて死にました。
ナルキッソスが死んだあと、水辺には水仙の花が咲いていました。(ギリシャ神話)


エーコーは木霊(山彦)の神ですが、一言主大神も木霊(山彦)の神だと考えられます。
雄略天皇と同じ言葉を返していますから。

そしてナルキッソスは水鏡に映った自分の姿に恋しますが、雄略天皇の木霊だと考えられる一言主大神は雄略天皇と同じ姿をしていたとありますね。
一言主大神は水鏡に映った雄略天皇の姿だったのではないでしょうか。


Narcissus-Caravaggio (1594-96) edited

カラヴァッジオによって描かれたナルキッソス
https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3ANarcissus-Caravaggio_(1594-96)_edited.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/29/Narcissus-Caravaggio_%281594-96%29_edited.jpg よりお借りしました。
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ [Public domain], ウィキメディア・コモンズ経由で"


さらに、一言主大神は女神だと考えられます。
というのは雄略天皇がこんな歌を詠んでいるからです。

籠(こ)もよ み籠持ち 掘串(ふくし)もよ み掘串持ち この丘に 菜摘ます児 家聞かな 名告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居れ しきなべて われこそ座(ま)せ われこそは 告(の)らめ 家をも名をも

(ヘイ彼女。いい籠持ってるじゃん。いいヘラ持ってるじゃん。この丘で菜を摘む彼女、家はどこ?名前はなんてーの?
大和の国は僕ちんが治めてるんだよん。僕ちんこそ名乗っちゃうよ。家柄も名前も。/友人による現代語訳)


これに対して彼女はこう答えたのではないかと思うのです。

『私が先に問われた。だから私が先に名乗ろう。私は悪いことも一言、良いことも一言、言い放つ神。葛城の一言主の大神である。』



一言主神は狩りをしていた。一方娘は菜を摘んでいた。二人は違うことをしているので、同一神ではないのではって?

でも狩りと菜摘みは関係があるんですよ。

狩りは鹿狩り、菜摘みは薬草を摘むことではないかと思います。
鹿狩と薬草摘みはどちらも古には旧暦5月5日に行われる行事で、薬狩りと呼ばれていました。

一言主神も娘も薬狩りをしていたということで共通点があり、同一神であると思うのです。

ナルキッソスが拒んだエーコーとは鏡に映った自分の姿(性別は男から女に変わっているが)だったのではないでしょうか。
そして、ナルキッソスとエーコー(鏡に映ったナルキッソス)は立場が逆転し(一言主大神と雄略天皇の立場が逆転したように)
ナルキッソスが虚像(エーコー)となり、虚像のエーコーが実像(ナルキッソス)になってしまったのではないでしょうか。

そしてそれをナルキッソスが死んだと表現してあるように思われます。

一言主神社付近 
一言主神社付近

 ④土佐国へ流された一言主神

続日本紀(797年)は古事記・日本書紀とは異なる話を記しています。

高鴨神(一言主神)が天皇と獲物を争ったので、一言主神は天皇の怒りに触れて土佐国に流されたというのです。

私は一言主大神と雄略天皇は同一神だと思います。
また雄略天皇は鏡に映った自分自身である一言主神に殺されています。

これはつまり一言主神とは雄略天皇の霊であるともいえるのではないかと思います。

この一言主神=雄略天皇が土佐に流された、ということは雄略天皇は自らを土佐に流したということになると思います。

そしてこの土佐に流された一言主神を祀る神社が土佐神社だとされます。



⑤容姿の醜い一言主神

土佐神社は高知県高知市にあって行ったことがありません。
そこで土佐神社のhpを見てバーチャルトラベル体験!

http://www.tosajinja.i-tosa.com/

http://www.tosajinja.i-tosa.com/yuisyoti_1.html
↑ 礫石。
「往古、大神の鎮座地を定め給うと投げた石は、この地にとどまり、厚く祀られています。 」
と上のサイトに記されいます。

つまりこの礫石は一言主大神の神霊が宿る石だと考えられます。

平安時代の「日本霊異記」や「今昔物語集」にはこんな話が記されています。

役行者は鬼神たちに葛城山と吉野金武峰山を結ぶ橋をかけるよう命じたが、一言主神は顔が醜いのを気にして夜しか働かなかったため橋は完成しなかった。
これに怒った役行者は一言主神を呪術で縛り付けた。

容姿を気にするあたり、やはり一言主神は女神じゃないのかな、と思ってしまいます。

祇園祭 宵山 役行者山

上の写真は祇園祭・役行者山の御神体で、中央が役行者、向かって右は葛城神、向かって左は一言主神です。
一言主神は鬼の姿をしています。
私なんかは鬼の姿をした一言主神ってかっこいいと思いますが、一般的に見て美しいとは言い難いかも。
やはり観音菩薩のような優し気な顔を美しいと思う人がほとんどでしょう。

もしかしたら古の人々は、鬼=怨霊のことを「醜い」、観音菩薩のように優しげな姿を「美しい」と表現しているのかもしれませんね。

で、土佐神社の礫石は表面があばたのように凸凹しており、容姿の醜い一言主神をあらわしているように思いました。

⑥禊石は道祖神

http://www.tosajinja.i-tosa.com/yuisyoti_3.html

小川をはさんで四角形の石と三角形の石が並べられていますね。

四角形は直角定規、三角形はコンパスを表してるなんてことないでしょうか?

中国の女神・女媧は手にコンパスを、男神の伏義は手に直角定規をもっており、コンパスは天を、直角定規は地をあらわすと言われています。

Anonymous-Fuxi and Nüwa3


https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a9/Anonymous-Fuxi_and_N%C3%BCwa3.jpg
 よりお借りしました。
作者 匿名 [Public domain], ウィキメディア・コモンズ経由で

中国では、天は円く、地は方形であると考えられていました。(天円地方/てんえんちほう)
陰陽で考えれば、陰は女性や大地を、陽は男性や天を表します。
すると女神である女媧が天を表すコンパスを、男神であるが地をあらわす直角定規をもっているのは逆のように思えます。

私は、女媧が手に持つコンパスは伏義の物実、伏義が手に持つ直角定規は女媧の物実ではないかと思います。

記紀にこんな話があります。

高天原にやってきたスサノオを、天照大神は「高天原を奪いにきたのではないか」と疑いました。
そこでスサノオは疑いをはらすために『誓約(うけい)の子産み』をしようと言いました。
まず天照大神がスサノオの物実)である十拳剣(とつかのつるぎ)を噛み砕き、ふっと吹き出した息の霧から三柱の女神(宗像三女神)が生まれました。
次にスサノオが天照大神の物実である『八尺の勾玉の五百箇のみすまるの珠』を噛み砕き、ふっと吹き出した息の霧から 五柱の男神(正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命・天之菩卑能命・天津日子根命・活津日子根命・熊野久須毘命)が生まれました。
スサノオの十拳剣からうまれた三柱の女神はスサノオの子、天照大神のみすまるの珠からうまれた五柱の男神は天照大神の子とされました。
スサノオは「私の心に邪心がないので、私の産んだ子は女神だったのです。」といいました。


ここに「物実」という言葉が出てきますが、物実とは「物事のもとになるもの」を意味する言葉です。

そして「天照大神がスサノオの物実である十拳剣をかみ砕いてふっと息を吹きだした」とか、「スサノオが天照大神の物実であるみすまるの珠をかみ砕いてふっと息を吐き出した」というのは、古代流のベッドシーン描写ではないかと私は考えています。

つまりスサノオの『十拳剣』は男性器、天照大神の『八尺の勾玉の五百箇のみすまるの珠』は女性器の比喩ではないかということです。

話を禊石に戻します。

四角=直角定規=四角=地=女性
三角=コンパス=丸=天=男性

であり、この禊石は小川を挟んで対面する男女を表しているように思えますのですが、どうでしょう?

男女の神像や男女のシンボルで表した道祖神と同様のものだといってもいいかも?

多気山不動尊 道祖神 

多気山不動尊 道祖神

飛鳥坐神社 むすひの神石 

飛鳥坐神社 むすびの神石
道祖神は結びの神石のように、女性器と男性器を象った石であらわされることもあります。






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[2019/10/05 14:36] 奈良県 | TB(0) | CM(0)

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