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新薬師寺 萩 観月会 『炎の中で微笑む薬師如来』 


奈良市高畑町 新薬師寺


新薬師寺 萩3

①怨霊・藤原広嗣を祀りあげて新薬師寺の守護神とする。


新薬師寺の隣には鏡神社があり、藤原広嗣を祀っています。
鏡神社は新薬師寺の鎮守です。

鏡神社

729年、藤原四兄弟(武智麻呂・房前・宇合・麻呂)は、長屋王が謀反を企てているとでっちあげ、長屋王を自殺に追い込みました。(長屋王の変)
長屋王を廃した藤原四兄弟は妹の光明子を人臣初の皇后とすることに成功します。
しかし737年、天然痘が流行り藤原四兄弟は次々に天然痘にかかって死亡してしまいました。
そしてそれらは長屋王の怨霊の祟りだと噂されました。

そんな中、朝廷では橘諸兄が権力を握るようになりました。
橘諸兄は吉備真備と玄昉を重用し、藤原広嗣(藤原宇合の長男)を大宰府に左遷してしまいました。
740年、不満を持った広嗣は大宰府で挙兵しますが、朝廷軍に敗れて斬殺されました。

747年、新薬師寺は光明皇后(藤原光明子)が夫聖武天皇の病気平癒のためにたてたと伝えられます。
藤原四兄弟の例からもわかるように、当時、病は怨霊の祟りがひきおこすと考えられていました。
聖武天皇の病は長屋王や藤原広嗣の怨霊の仕業だと考えられたのでしょう。

806年、新薬師寺の鎮守として藤原広嗣を御祭神とする鏡神社が創建されました。

広嗣の怨霊の祟りで聖武天皇が病となったと考えられ、その治癒を祈願して新薬師寺を建てたのに、なぜ広嗣を祀る鏡神社を新薬師寺の鎮守にするのか、と思われるかもしれません。

怨霊は神として祀り上げると守護神に転じるという信仰がありました。
聖武天皇の病が広嗣の怨霊の仕業なのであれば、広嗣を神として祀り上げて守護神にするのが最良の方法だと考えられたのではないでしょうか。

新薬師寺 萩2 

②本地垂迹説

明治まで神仏は習合されて信仰されていました。
神社に神宮寺があったり、寺に鎮守の社があったりしたのです。

北野天満宮の例がわかりやすいと思います。

北野天満宮の神宮寺だった東向観音寺のご本尊は道真御作と伝えられています。
しかし、東向観音寺の門前には「天満宮御本地仏 十一面観世音菩薩」と記された石碑が建てられています。

「天満宮」とは北野天満宮の御祭神・菅原道真のことだと思います。
「本地仏」とは本地垂迹説からくる言葉です。
本地垂迹説とは日本古来の神々は仏教の神々が衆上を救うため仮にこの世に姿を現したものであるとする考え方です。
そして仏教の神が仮にこの世に姿をあらわした日本古来の神々のことを「権現」、
日本古来の神々のもともとの姿である仏教の神々のことを「本地仏」といいました。
つまり、「天満宮御本地仏 十一面観世音菩薩」とは「菅原道真は十一面観音の生まれ変わりである」というような意味になると思います。

東向観音寺 

東向観音寺

すると、「道真御作」というのは本当に道真が十一面観音を刻んだという意味ではなく、「怨霊として(道真の死後、疫病や天災があいつぎ、これらは道真の怨霊の仕業と考えられました。)人々に畏れられた道真が成仏して十一面観音になった」という意味ではないかと思えます。

すると、鏡神社の御祭神・藤原広嗣と新薬師寺のご本尊・薬師如来も習合されていそうです。
新薬師寺の薬師如来は、怨霊・藤原弘嗣と習合されている。
怨霊・藤原広嗣が成仏して悟りを開いたのが、新薬師寺の薬師如来であると考えられるように思います。

新薬師寺 萩

③光背の7体の化仏は北斗七星をあらわす?

新薬師寺の観月会では本堂を外からながめると、開け放たれた扉からご本尊の薬師如来やそれをとりまく十二神将が月のように輝いてみえます。

新薬師寺 観月会2

Bhaisajyaguru of Shin-Yakushi-ji

新薬師寺 薬師如来像
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Bhaisajyaguru_of_Shin-Yakushi-ji.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/c3/Bhaisajyaguru_of_Shin-Yakushi-ji.jpg よりお借りしました。
撮影・小川一真 [Public domain]


光背に6体小さい仏がついています。光背の先端部は宝珠形にくりぬかれ、中になにか入っています。
小さい写真でわかりにくいのですが、やはり小さな仏が入っているのではないかと思います。

法隆寺の薬師如来の光背には7体の仏がつけられていますし、
栄山寺や恵日寺の薬師如来の光背にも7体の仏がつけられていますので。
http://meguru.nara-kankou.or.jp/inori/hihou/eisanji/event/02o0zk7wqw/(栄山寺)
https://www.jalan.net/yad352180/blog/entry0004748805.html(恵日寺)

私は薬師如来は北極星を神格化した御仏ではないかと思います。
というのは、薬師三尊像は、中央に薬師如来、その左手(向かって右/東)に日光菩薩、右手(向かって左/西)に月光菩薩を配します。
このレイアウトは陰陽道の宇宙観を表していると思います。
陰陽道の宇宙観では、東は太陽の定位置、西は月の定位置、中央は星の定位置としているのです。
中でも夜空の中心にあるのはその位地をほとんど変えない北極星です。

すると光背の周囲にある7体の小さな仏は北斗七星を表しているのではないでしょうか。

新薬師寺は観月会より観星会のほうが似合っていたりして。


http://www1.city.obama.fukui.jp/obm/rekisi/sekai_isan/Japanese/data/128.htm (明通寺)
http://www.nanshoin.com/staticpages/index.php/yakushi (南昌院)

Yakushi Nyorai Kondo Horyuji

法隆寺 薬師如来

④炎の中で微笑む薬師如来

もう1度、③の新薬師寺の薬師如来の写真を見てください。
この光背、どう見ても炎ですよね?

調べてみると、薬師如来の光背の中には炎をイメージさせるものがいくつかあるようです。
法隆寺の薬師如来の光背も炎のイメージですね。

不動明王が背負う光背は火焔光といい、怒りをあらわすとされます。

正寿院 不動明王 

正寿院 不動明王

新薬師寺の薬師如来は藤原広嗣のイメージですが、おだやかな顔をして笑っていても、内面は怒っているということを表しているのかもしれません。

新薬師寺のご本尊・薬師如来を取り囲む十二神将も炎髪といわれる逆立った髪を持つものが多いです。

Basara 12 Heavenly Generals ShinYakushiji

新薬師寺 十二神将のうち伐折羅大将(迷企羅大将)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Basara_12_Heavenly_Generals_ShinYakushiji.JPG
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b6/Basara_12_Heavenly_Generals_ShinYakushiji.JPG
日本語: 小川晴暘(1894-1960) 仏像写真家 飛鳥園創業者)English: Ogawa Seiyou (1894-1960), a famous  photographer in Japan [Public domain]


その他の十二神将の写真はこちら→http://www.shinyakushiji.or.jp/junisinsho/

炎髪はやはり憤怒相をあらわします。

新薬師寺 観月会

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[2019/09/18 21:55] 奈良県 | TB(0) | CM(0)

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