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伊賀市上林の水車 『諸国に灌漑用水車を作った良岑安世』 


三重県伊賀市上林  水車
2019年6月27日

三重県伊賀市上林の水車

①今も現役!灌漑用水車。

メナード青山リゾートへ行く途中、カタコトと動く水車を発見しました。
水車といえば、蕎麦屋さんとか観光施設などに設置されているのをよく見かけます。
それはそれで雰囲気があっていいのですが
伊賀市上林の水車はインテリア用とか観光用ではなく、田圃への灌漑用として現役で動いているところが素晴らしい!

水路の水が水車の羽根にあたることで水車が回転します。
 水車の羽根には容器がとりつけられていて、羽根が水路に水没すると容器に水が入ります。
水がはいった容器は水車の回転する力によって水上にくみ上げられ、田圃に水を流します。
こうした仕組みを考え出した先人の知恵はすごいですね。

水車


②現在、灌漑はどのようにして行っているのか?

現在ではほとんど灌漑用の水車はみかけませんが、どのようにして田圃に水を入れているのか、調べてみました。

ため池の水門をあけると開渠 (かいきょ/上部を開け放した水路) を水が流れます。
開渠を流れる水はポンプなどでくみ上げるとのこと。
https://ameblo.jp/inosisi-sisisi/entry-11545686840.html


地下にパイプラインをひき、蛇口をひねって田圃に水を入れるというシステムもあるようです。
http://www.shironegou.jp/rengou/works.html
水をに水をためておき、くみ上げ、田圃に水を流すのですね。

三重県伊賀市上林の水車3 

③諸国に灌漑用水車を作った良岑安世

829年、良岑安世が諸国に灌漑用水車を作らせたとされます。
良岑安世は六歌仙の一、遍照の父親です。
遍照は百人一首にある「天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ 乙女の姿 しばしとどめむ」という歌を詠んだ人です。
遍照というのは出家して名乗った戒名であり、俗名は良岑宗貞といいます。

良岑安世は桓武天皇の皇子でしたが、臣籍降下しています。おそらく母親の身分が低かったためでしょう。
子供は遍照のほかにも大勢いました。

木蓮( いたび)・・・越前守
長松・・・・・・・・山城権守
清風・・・・・・・・近江権守
高行・・・・・・・・陸奥守

川の流れは皇位継承の血筋、水車でくみあげた水はその皇位継承に血筋から外れて、安世の子たちが地方官になったということを比喩的に行ったものだったりして?

川の流れが皇位継承の血筋を表しているのではないかと思われる歌はいくつかあります。

それについては別ブログの次の記事を参照してください。

私流 トンデモ百人一首 77番 瀬をはやみ・・・ 『藤原聖子を震え上がらせた歌?』  
私流 トンデモ百人一首 13番 筑波嶺の・・・ 『龍田川だったらよかったのに・・・・』 
私流 トンデモ百人一首 ⑰ちはやぶる・・・ 『陽成天皇の父親は在原業平だった?』  




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