fc2ブログ














三十三間堂 桜 『柳とドクロの関係は?』 

京都市東山区 三十三間堂
2017年4月10日 撮影


三十三間堂 鐘楼 
①ドクロに柳の木が生えて頭痛がする話

三十三間堂には次のような伝説が伝えられています。

後白河法皇は観音様より次のような夢のお告げを受けました。
『あなたの前世は熊野にあった蓮華坊という僧侶でした。
その蓮華坊の髑髏が岩田川の底に沈んでおり、髑髏を貫いて柳の木が生えていて、風が吹くと柳の木が揺れて髑髏にあたるので上皇の頭が痛むのだ』と。
早速川を調べさせたところ、髑髏が見つかりました。
上皇はその髑髏を三十三間堂の千手観音の1体の尊像に塗り込め、さらにその柳の木を伐って、京へ運び、三十三間堂の梁としました。
そうしたところ、上皇の頭痛は平癒しました。

三十三間堂 馬酔木と桜 
②柳の痛み止め効果

以前の記事三十三間堂 通し矢 『牛黄と柳の薬効』 にこんなことをかきました。

a.三十三間堂では1月に通し矢の行事を行っているが、同日、柳のお加持も行われる。柳のお加持とは柳の枝先に水をつけ、それを参拝者の頭に振りかけるというもの。
『柳のお加持』を受けると頭痛が治ると言われている。

b.「柳のお加持』は修正会の結願の行事ではないか。
.法界寺裸踊りでは行事終了後、三十三間堂と同様の柳のお加持が行われている。

c.岡山県西大寺の『会陽』は現在では2月に行われているが、かつては旧正月元日より14日の間行われていた。
西大寺の会陽も修正会の結願(最終日)の行事だと考えられる。
『会陽』では闇の中で投牛玉と宝木が堂内に投下し、裸の男たちによる宝木争奪戦が行われる。
宝木は2本のみで、牛玉紙が巻いてある。
牛玉宝印はもともとは漢方薬である牛黄で文字が記されたもので、皇室には『牛玉宝印は水に溶かして飲む』と伝わっている。
投牛玉は柳の細い木片5~6本を束にして牛玉紙を巻いたもので、100束ほどが投下される。
柳の樹皮には痛みどめの効果があるサルチル酸が含まれている。

爪楊枝の「楊」は「柳」と同じ意味を持つ漢字です。
「爪」には「ひっかく」という意味もあり、爪楊枝は「(歯に挟まったものを)ひっかいて取り除く柳の枝」という意味になります。
また柳の枝を歯ブラシとして用いている民族もあるとのことです。
柳のサルチル酸には痛み止め効果があるということなので、爪楊枝や歯ブラシにちょうどよかったのでしょう。

そして、柳のサルチル酸は後白河上皇の頭痛にも効いたようですね。

三十三間堂 河津桜 
③柳に飛びつく蛙

柳といえば、小野道風の逸話を思い出します。

蛙は柳に飛びつこうとして何度も失敗するが、偶然強い風が吹いて柳の枝が大きくしなり、ついに柳に飛びつくことができた。
これを見て道風はどんなことも努力すれば必ず叶うと悟ったといい、花札の絵柄にもなっています。


File:Ono no Tofu, by Suzuki Harunobu, Edo period, 18th century - Tokyo National Museum - DSC06242.JPG

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/79/Ono_no_Tofu%2C_by_Suzuki_Harunobu%2C_Edo_period%2C_18th_century_-_Tokyo_National_Museum_-_DSC06242.JPG よりお借りしました。

作者 Daderot (投稿者自身による作品) [Public domain または CC0], ウィキメディア・コモンズ経由で


④蛙はドクロの比喩?

私は蛙とはドクロの比喩ではないかと考えています。その理由を説明します。

飛鳥にある謎の石・亀石です。亀ではなく、カエルではないかとも言われています。

亀石

あるとき京都の大将軍商店街(妖怪ストリート)をぶらぶらと歩いていたんですが、店の前に置いてあった「ぬらりひょん」という妖怪の人形に目が釘づけに~!

妖怪ストリート ぬらりひょん 

なんと「ぬらりひょん」は亀石そっくりです!
眉間の半月形の皴までおんなじだー。
もしかして、亀石とは頭蓋骨を模した石なのではないでしょうか?

平安時代に関東に独立国を作った平将門は、藤原秀郷・平貞盛らの軍に責められて戦死しました。
将門の首は京に持ち帰られ、この場所に晒されたと伝えられています。(南座の南あたりという説もあります。)

将門の首はここから飛び上がり胴体を求めて東に飛び去ったという伝説があります。
将門の首は現在の東京都千代田区あたりに落ちたとされ、その場所には将門の首塚があります。

将門の首塚 
将門の首塚(東京都)

将門の首塚にはガマの置物を奉納する習慣があるそうです。
私が参拝したときは管理者が設置したと思われる巨大なガマの置物があるだけでしたが~。
おそらく奉納されたたくさんのガマの置物は撤去されたのでしょう。

ガマとはカエルのことです。
将門の首は故郷に戻ってきたので「無事帰る(カエル)」の語呂合わせから蝦蟇の置物を奉納する習慣が生じたと言われています。

でも私は平将門とはドクロの神であり(首が飛んだという伝説があるので)、カエル(蝦蟇)はその形がドクロに似ているので、将門の首塚に蝦蟇の置物を奉納する習慣が生じたのではないかと思うのです。

首(ドクロ)が飛ぶという伝説は平将門だけでなく、蘇我入鹿や玄昉などにも同様の伝説が伝えられています。
このうち玄昉のドクロは平将門と同様、長距離を飛行していますが
蘇我入鹿のドクロは中大兄皇子に首をはねられたのち、斉明天皇の御簾に食らいついたとされており、長距離飛行ではありません。

多武峰縁起絵巻 複製(談山神社) 
多武峰縁起絵巻 複製(談山神社)刀を持っているのが中大兄皇子、首を斬られているのが蘇我入鹿。

蔵王堂の蛙飛行事では蛙が飛ぶというよりは、ぴょんぴょん跳びはねますが、これも「飛ぶドクロ」を現したものではないでしょうか。

蔵王堂 蛙飛行事3


さらに蔵王堂の近くの脳天大神(龍王院)には狛狗ならぬ狛カエルが置いてありました。

龍王院 狛蛙

脳天大神は蔵王権現(蔵王堂の御本尊)の 変化身である 頭を割られた大蛇を祀り、首から上の病気に霊験あらたかと言われています。

カエルはドクロの比喩であり、脳天大神=蔵王権現はドクロの神であるということで、狛蛙が置かれているのではないでしょうか。

三十三間堂 門

⑤柳とドクロの関係は?

柳と髑髏はどうも関係が深そうです。
それは柳に頭痛を抑える薬効があるからというだけでなく、その枝を垂れる樹形がドクロを思わせるからかも?
 
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/water/conservation/spring_water/tokyo/place_01.html

三十三間堂 しだれ桜 

三十三間堂 桜 



※まとめサイトなどへ無断で転載することはおやめください。

歴史ブログ・
旅 free style もよろしくお願いします~。

毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!






にほんブログ村



関連記事

[2019/04/06 12:00] 京都府 | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://kntryk.blog.fc2.com/tb.php/1426-44ef237e