fc2ブログ














松本酒造さん 菜の花 『だんだら模様のでんちを着た酒飲み狸の正体とは?』 


京都市伏見区 松本酒造さん
2019年3月31日 撮影


松本酒造さん5

伏見はかつては伏水とも記され、良質の地下水に恵まれていました
御香宮の境内からは御香水が湧き出ており、自由にくむことができますよ。

伏見ではその地下水を生かした酒造が古くから盛んでした。

今日はその酒にちなむ妖怪・のた坊主についてお話しします。
 
①古狸の妖怪・のた坊主

のた坊主は愛知県半田市堀崎町附近に現れる古狸の妖怪です。
白黒のだんだら模様のでんちを着た人間に化け、造り酒屋の元酒を盗み呑んでは、のたのたと逃げていくのだそうな。
「でんち」とは「殿中羽織」のことをいいます。
袖がなく、綿の入った丈の短いベストのような着物ですね。

あるときのた狸が酒蔵で盗み呑んでいたところ、のた坊主は酒蔵の男衆につかまりました。
のた坊主は「藪の穴には自分を頼る狸が二匹いる。今後はもう盗まないし、一族にもさせないので助けてください。」
と言いました。
男衆はのた坊主をあわれに思い許してやりました。
のた坊主は助けてもらった恩返しに、酒蔵の商売繁盛守護を誓い、その酒蔵はその後たいそう繁盛したということです。

松本酒造さん3 
②だんだら模様は山形模様?

のた坊主は「だんだら模様のでんち」を着ていたとあり、
愛知おもてなし妖怪隊のhpには黒白ストライプのでんちを着た狸が描かれています。

しかし、https://historivia.com/hijikata-toshizo/2222/
↑ こちらのページには、「袖口と裾の山形の模様は「ダンダラ模様」と呼ばれます」 と書いてあります。

③新選組と赤穂浪士のだんだら模様

新撰組が着ている、この柄ですね。↓

会津新撰組 金戒光明寺 
だんだら模様のほかに、だんだら縞という柄もあって、こちらは横ストライプのことをいうようです。
のた狸が着ていたのは、裾に山形をあしらったでんちだったのかもしれませんね。(でんちには袖はないので)

新撰組が着ていたのは黒×白ではなく、浅葱色×白であったようですが。
赤穂浪士が討ち入りの際に着ていたのも、だんだら模様であったとされます。
赤穂浪士のだんだら模様は黒×白ですね。

'A View of Loyal Ako Samarui Breaking into Kira's Mansion' by Yamazaki Toshinobu II, 1886

吉良邸討ち入り。二代目山崎年信画、1886年
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:%27A_View_of_Loyal_Ako_Samarui_Breaking_into_Kira%27s_Mansion%27_by_Yamazaki_Toshinobu_II,_1886.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/9d/%27A_View_of_Loyal_Ako_Samarui_Breaking_into_Kira%27s_Mansion%27_by_Yamazaki_Toshinobu_II%2C_1886.jpg
よりお借りました。
Yamazaki Toshinobu II (1866-1903) [Public domain]

松本酒造さん  

④愛知には吉良氏・赤穂浪士ゆかりの土地が多い

 のた狸は愛知県半田市に伝わる妖怪ですが、愛知県西尾市(2011年吉良町は西尾市に編入された。)は、赤穂浪士が討ち入りを行った吉良上野介の領地です。

また、愛知県には赤穂浪士ゆかりの土地が結構あります。
下表、黒字は浅野家&四十七士に関係する場所、赤字は吉良に関係する土地です。
愛知県名古屋市乾徳寺片岡源五右衛門(四十七士)は、尾州家家臣・熊井重次郎の子。
熊井家では乾徳寺に彼の遺品を納めて供養塔を建てた。
愛知県岡崎市大林寺矢頭右衛門七を介錯した岡崎城主水野家家臣杉源助が建立。矢頭右衛門七供養墓がある。
愛知県一宮市浅野公園(浅野長政邸跡)清和源氏土岐氏の祖・土岐光衛が1189年尾張国浅野庄を領した。
その次男・光時は土岐氏から分かれて浅野姓を名乗る。
愛知県刈谷市楞厳寺吉田忠左衛門(四十七士)の娘「おさん」の墓がある。
愛知県知立市泉蔵寺吉田忠左衛門(四十七士)の妻「りん」の墓がある。
愛知県南知多町呑海院大高源五(四十七士)の「大機全要」と刻まれたへその緒塚がある。
愛知県吉良町華蔵寺近世吉良家の菩提寺。吉良上野介の遺品が残る。
愛知県吉良町花岳寺中世東条吉良家菩提寺。吉良家の古文書がある。
愛知県吉良町円融寺清水一学(吉良家家臣。討ち入りで討死。)の墓がある。
愛知県幡豆町幡豆町の一部(鳥羽)が吉良家の領地だった。

松本酒造さん2

⑤赤穂事件

えー、ご存じない方もおられるかもしれませんので、ざっと説明しておきます。

播磨赤穂藩主の浅野長矩(あさの ながのり)は1683年に江戸城本丸大廊下(通称松の廊下)で吉良義央を伐りつける事件を起こします。
浅野長矩はすぐに取り押さえられ、吉良義央は軽傷で済みました。
浅野長矩は切腹を命じられ、果てました。
1703年、浅野長矩らの家臣・大石内蔵助ら四十七士は主君の仇討ちのため、江戸の吉良義央邸に押し入り、吉良を討ちとったのです。
四十七士は切腹処分となりました。

上表、愛知県一宮市・浅野公園(浅野長政邸跡)とありますが、浅野長政の子孫は広島藩主となりました。
赤穂浅野家は広島浅野家の分家です。

長政ー長重ー長直―長友―長矩と続きます。

松本酒造さん4

⑥酒蔵と大石内蔵助

愛知県半田市は伏見と同じく酒造が盛んで酒蔵がたくさんあるそうです。
そして赤穂浪士のリーダー・大石内蔵助。

彼は吉良の目を欺くため、祇園で放蕩三昧をしたと言われます。
酒のみでもあり、彼は「酒飲みの五箇条」なるものを残したといわれます。

「喧嘩、口論固く無用」「盃、下に置くべからず」「したむべからず(こぼしてはいけない。)」「抑えること無用、もっとも相手によるべし」「助申すまじくこと。ただし、女には苦しからず」。

内蔵助の蔵は酒蔵をイメージさせますね。

のた坊主とは大石内蔵助の事なのかも?

車窓より 河津桜



※まとめサイトなどへ無断で転載することはおやめください。

歴史ブログ・
旅 free style もよろしくお願いします~。

毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!







にほんブログ村    


関連記事

[2019/04/03 14:50] 京都府 | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://kntryk.blog.fc2.com/tb.php/1425-9f9fea0f