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大阪市消防出初式① 『火事に喩えられた娘の恋心』 

 大阪市住吉区 ATC
大阪市消防出初式・・・1月6日


大阪市消防出初式 吉村市長

イケメンの吉村大阪市長

大阪市消防出初式 子供の消防士さん 
子供消防士さんたち

大阪市消防出初式 瀬古歩夢さん 
セレッソ大阪の瀬古歩夢さん

大阪市消防出初式  
 
①明暦の大火

え~、今日は出初式の消防訓練にちなみ、1657年におこった『明暦の大火』のお話しをしたいと思いま~す。

『暦の大火』は戦禍・震災を除くと日本史上最大の火災といわれています。

80日以上雨が降らず空気が乾燥している中、本郷の本妙寺・小石川の大番衆与力の宿所・麩町の在家の三か所より出火。
強風で火はどんどん燃え広がったようです。
浅草橋では脱獄の誤報により門が閉ざされ、逃げ場を失った2万人以上が犠牲に。
霊厳寺では1万人以上の避難民が死亡しました。

 大阪市消防出初式 消防士たち


②振袖火事


『明暦の大火』は『振袖火事』とも呼ばれます。
その理由は、次のような話が伝えられているからです。

質屋・遠州屋の娘・梅乃(数え17歳)は、本郷の本妙寺に母と墓参に行きました。
その帰り道で美しい寺の小姓に一目惚れします。
そして恋煩いから、ついには寝込んでしまいました。
心配した両親は小姓が来ていたのと同じ荒磯と菊柄の振袖を娘に作ってやりましたが、梅乃は死んでしまいました。
両親は娘の棺に振袖をかけてやりました。

当時、棺に掛けられた遺品などは寺男たちがもらっていいことになっており、振袖は本妙寺の寺男によって転売され、上野の町娘・きの(16)の元へ渡りました。
するときのも恋煩いで死んでしまい、振袖はまた棺にかけられ、本妙寺に持ち込まれした。
寺男たちは再び振袖を売り、振袖は町娘・いく(16)の手に渡りますが、ほどなく行も死んでしまい、またも振袖は棺に掛けられて、本妙寺に運び込まれたのです。

本妙寺の住職は振袖を供養しようと、読経をあげながら護摩の火の中に振袖を投げこみました。
そこへ狂風が吹きおこり、「火のついた振袖は人が立ちあがったような形となって空に舞い上がりました。」
そして振袖は寺の軒先に舞い落ちて出火しました。


浅井了意はこれを『作り話』だと言っています。
まあ、にわかに信じがたい話ではあります。

大阪市消防出初式 ホースをのばす


③人形(ひとがた)を振袖に喩えた?

「火のついた振袖は人が立ちあがったような形となって空に舞い上がりました。」
という部分に注意してください。
護摩を焚くさい、「お焚き上げ」といって人形(ひとがた)を燃やすことがあります。
人形とは、薄い紙で作った呪いの道具で、振袖のような形をしています。
https://yanagidani.jp/event/event3/

6月と12月の晦日に行われる大祓などの際にも、この人形に息をふきかけて川に流したり、お焚き上げをしたりします。
人形に息をふきかけるというのは、息をふきかけた人の穢れを人形に移すというおまじないです。

上の伝説で「振袖」と表現しているのはこの「人形」の比喩ではないでしょうか?

上賀茂神社 夏越神事 
上賀茂神社 夏越神事 川を流れる人形

④火事は「女の恋心」をあらわす?


また、振袖火事の伝説を読みますと、「八百屋お七」を思い出します。

1657年におこった明暦の大火の後、1683年に天和の大火がおこります。
このとき、お七は親とともに正仙院に避難し、寺の小姓・生田庄之介と恋に落ちます。
やがてお七一家は寺を出て再建された家に戻りますが、お七は庄之介に会いたくてしかたありません。
そこで、もう一度家が燃えれば庄之介がいる正仙院で避難生活をおくることができると考えて、お七は自宅に放火しました。
しかし火はすぐに消し止められ、お七は放火の罪に問われ、鈴ヶ森刑場で火あぶりとなりました。


『御当代記』に「お七という名前の娘が放火し処刑された」と記録されており、お七が実在していたこと、放火の罪で処刑されたことは確かなようですが(実在しなかったとする説もあります。)
それ以外のことは後付けで作った物語なのかもしれません。

天和の大火(1683年)以前の明暦の大火(1657年)の伝説をあわせ読むと、当時、火事は「女の恋心」に喩えられていたようにも思えます。

大阪市消防出初式 


 

ヘリコプターで救出!

⑤お七の十

落語で「お七の十」と呼ばれるものがあります。

火あぶりになったお七。
お七の死を悲しんだ恋人の吉三は川へ身投げ。
ふたりがあの世で出会って抱き合ったらジュウと音がしました。


そのココロは・・・・
お七=火あぶり=火(ひ)=七(ひち)
吉三=水死=水(みず)=三(み)
七+三=十(ジュウ)

うまい、座布団2枚!

大阪市消防出初式 ヘリコプターで救出

だけど、これってまるで土用の丑ですね。

土用の丑についてはさまざまな説がありますが、私は次のように考えています。

陰陽道ではすべてのものを陰陽五行説では世の中全てのものは、木火土金水の5つの組み合わせで成り立つと考えます。
季節では、春=木、夏=火、秋=金、冬=水と考えられていました。
季節は4つなので、木火土金水のうち土が余ってしまいますね。
土は季節の交代をスムーズにするものと考えられ、各季節の最後の18~19日間を『土用』として均等に割り振られました。
本来、土用は夏だけではなく、すべての季節にあるのです。

大阪市消防出初式3

陰陽五行説には『相生説』と『相克説』があります。

『相生説』とは、五行が対立することなく、木火土金水の順で、五元素が順送りに相手を生じていくという説です。

『木生火』・・・・・・木は摩擦により火気を生ずる。
『火生土』・・・・・・火は燃焼して灰(土)を生ずる。
『土生金』・・・・・・土は金属を埋蔵している。
『金生水』・・・・・・金属は表面に水気を生ずる。
『水生木』・・・・・・水は植物(木)を育てる。

『相剋説』は五行同士が相互に反発し、木火土金水の順で、五元素が順送りに相手を剋していくとする説のことです。

『木剋土』・・・・・・木は土中の栄養を奪う。
『土剋水』・・・・・・土は水の流れをせきとめる。
『水剋火』・・・・・・水は火を消す。
『火剋金』・・・・・・金属は火に溶ける。
『金剋木』・・・・・・金(斧など)は木を切り倒す。

『土用の丑』とは『水剋火』、すなわち夏の火性を冬の水性で緩和しようというものではないかと。

たとえば、土用の丑には鰻を食べますが、本来鰻の旬は冬なのです。
つまり、夏に冬が旬の鰻を食べることで、夏の火性を冬の水性で緩和するというわけです。

お七は七(ひち)で火(ひ)、吉三は水(みず)。
この落語は土用の丑の習慣を踏まえてつくられたものではないでしょうか?
 
Meireki fire

『明暦の大火』を田代幸春が1814年に描いた戸火事図巻の一部

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Meireki_fire.JPG
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/2c/Meireki_fire.JPG よりお借りしました。
田代幸春 [Public domain], ウィキメディア・コモンズ経由で





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