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大阪市消防出初式② 『消防の神は建築の神?』 

 大阪市住之江区南港北 ATC
大阪市消防出初式・・・1月6日


大阪市消防出初式 パレード

①出初式の歴史

江戸時代の江戸は1601年~1867年の267年間に大火49件、小火を含めると1798件もおこっており、家事は江戸の名物といっていいほどの有様でした。
そこで幕府は1643年に大名火消(消防を大名の課役とする)の制度を設けました。
しかし、1657年におこった明暦の大火では3万人~10万人の犠牲者をだしてしまいました。
そこで翌1658年に幕府直轄の消防組織・定火消が制度化されました。
これは4000石以上の旗本から4名を選び、臥煙(がえん/火消人足)とともに火消屋敷に居住して消防活動を行うというものです。
1659年1月4日、老中・稲葉正則と定火消4組が上野東照宮に集結して儀式を行いました。
これを出初と呼んでいます。
以降、毎年1月4日に上野東照宮で定火消による出初が行われるようになっていったのです。

大阪市消防出初式 消防車1 
パレードの主役はかっこいい消防車たちです(擬人化しちゃってる~)。
↑↓ これらの消防車はどのような機能を備えているのでしょうか?知ってる方、教えて!


大阪市消防出初式 消防車2 
1718年、町人の消防組織・町火消が制度化されました。
1720年、江戸の町を20~30町ごとにわけて「いろは組」47組(のちに1組増加して「いろは四十八組」となる)と、16組の火消組合が設けられました。
(「いろは組」47組は隅田川西部を担当、16組の火消組合は東の本所・深川を担当)
町火消も出初を行うようになりましたが、武家火消の出初と区別するため文字をひっくり返して初出といいました。

ジャズのことを「ズージャー」、ホモのことを「モーホー」などとひっくり返して言うことがありますが、そのルーツは「出初→初出」にあるのか?(ちょっと違うかw)

消防車 
町火消の初出も毎年1月4日に行われました。

明治時代になると、武家火消は廃止されました。
町火消は消防組39組と改められ、奉行所←東京府所属→東京警視庁安寧課消防掛所属と変遷します。
こうして明治8年1875年1月4日、第1回東京警視庁消防出初式が行われました。
大正5年(1916年)から1月6日の開催となりました。

下の錦絵は第1回東京警視庁消防出初式のようすを描いたものです。

ファイル:Hiroshige hikeshi.jpg

東京名所八代洲町警視庁火消出初階子乗之図(荒井喜三郎)作者/歌川広重(3代目)
明治8年の出初式を描いた錦絵
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Hiroshige_hikeshi.jpg よりお借りしました。


大阪市消防出初式 パレード 

↑ この旗は纏をイメージしてデザインされていますね。(上の錦絵に五六などと記されているのが纏)

②出初式で梯子の曲乗りが行われるのはなぜ?

江戸時代、加賀藩前田家が江戸藩邸で抱えていた火消は加賀鳶、喧嘩鳶と呼ばれ、出初で梯子の曲乗り等を行いました。
上の錦絵にも梯子の曲乗りのようすが描かれていますし、現在でも東京や石川の出初式で行われていますね。(大阪市はありません)

なぜ梯子なのかというと、破壊消火といって延焼を防ぐため、火災現場周囲の建物・構造物を破壊したりしていたのです。
その際、梯子を利用したのでしょうね。
加賀鳶の鳶は鳶職〈高所で建築作業をする職業)の鳶だと思います。
破壊消火は高所での建築作業になれている鳶職が行うことが多かったのではないでしょうか。

大阪市消防出初式2

また、上の錦絵にそれぞれの組を象徴する纏(まとい/旗印の一)が掲げられていますが、江戸時代にはこの纏をあげて組内の町を練り歩き、木遣り歌を詠ったりしていたようです。

「木遣り」とは「木を運ぶ」という意味で、重い木や石を大勢で運ぶ際に、息をあわせるために唄われていました。
纏が重いので、木遣り歌を詠っていたのでしょうか。
それもあるかもしれませんが、木遣り歌を詠うのは、梯子の曲乗りと同様、消火活動が建築と関係があるためかもしれません。

千本釈迦堂のおかめ節分に行った際、番匠保存会の方々がったものを「木遣り唄」を詠っていましたね。
番匠とは古の建築工のことです。

 大阪市消防出初式 

③おかめ=建築の女神、ひょっとこ=建築の男神?


京都の千本釈迦堂には棟梁(長井飛騨守高次)の妻・阿亀(おかめ)の伝説が伝えられています。
また関西では上棟式におかめ御幣を用いる習慣があり、おかめは建築の女神だといえます。

大報恩寺 太子堂 おかめ御幣 

北野経王堂 願成就寺に飾られたおかめ御幣


おかめとペアになっているのはひょっとこなので、阿亀の夫の棟梁・長井飛騨守高次はひょっとこのイメージと重ねられていると考えられます。

ひょっとこの語源にはいろんな説がありますが、その中に民話に登場するヒョウトクからくるというのがあります。

強欲な婆さんがヒョウトクのへそを火箸でぐりぐりといじったためにヒョウトクは死んでしまった。
ヒョウトクをかわいがっていた爺さんはヒョウトクの死をそれは悲しんだ。
そんな爺さんの夢枕にヒョウトクが立ち、『自分の顔の面を竈の前の柱にかけておけば裕福になるだろう』と告げた。
そのとおりにしたところ、爺さんは大金持ちになった。


ヒョウトクという名前は聖徳(ショウトク)に似ているじゃないですか~。
そして、聖徳太子は建築の神として信仰されています。
たとえば、世界最古の企業といわれる金剛組では、聖徳太子像に合掌してから朝礼を行っています。
金剛組の創建は578年。聖徳太子が四天王寺を建てる際に百済より招かれた宮大工の金剛重光が創業者です。

おかめが建築の女神なら、ひょっとこは建築の男神なのではないでしょうか。
(長井飛騨守高次/阿亀の夫・棟梁=ひょっとこ=聖徳太子=建築の神)

建築の神は防火の神でもある?

またひょっとこは火男がなまったものだとする説もあり、京都の伝統行事・六斎念仏の演目・祇園囃子にはひょっとが登場して巻物を広げるとそこには「火の用心」と記されています。

梅津六斎 祇園囃子 ひょっとこ 

梅津六斎 祇園囃に登場するひょっとこ

梅津六斎 祇園囃子 おかめ 
梅津六斎 祇園囃にはひょっとこの相方のおかめも登場しますよ。


建築の神が防火の神でもあるのは、建築物をこわすことで延焼を防ぐことができる(破壊消火)ためでしょう。

建築の神とは建築物そのものでもあり、建築の神が犠牲になって(建築物を破壊する)延焼を防いでくださる。
そのような信仰があったのではないかと私は考えます。

大阪市消防出初式 

大阪市消防出初式2  
 大阪市消防出初式 
大阪市消防出初-消防車 

大阪市消防出初-消防車2 

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