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生石高原 すすき 『大国主の神話は山焼きをモチーフにしたものだった?』 


和歌山県野上町 生石高原
2018年10月20日 撮影


生石高原 ススキ 夕景3 
①夢野の鹿

広い広いススキの野原。
こんなに広いススキの野原は初めてみました♪

ススキにまつわる話が摂津風土記にあります。

夢野(現在の神戸市兵庫区湊川の西)に夫婦の鹿がいたが、雄鹿には淡路の野島に妾の鹿がいた。
牡鹿はある夜、自分の背に雪が降り、すすきが生える夢を見、これを妻の雌鹿に話した。
雌鹿は「背中にススキが生えるのは、背中に矢が刺さっているのです。雪が積もるというのは、あなたは殺されて塩漬けにされているということです。」といって妾のもとへ通うのをやめさせようとした。
しかし、雄鹿は妾の鹿に会いにいき、その途中舟人に弓矢を射られて死んだ。(夢野の鹿)


下鴨神社 十二的神事 

下鴨神社 追儺弓神事

②鹿の背中にはえたススキは矢、雪は鹿の斑点の比喩?

上の写真は京都下鴨神社の追儺弓神事です。左と右の射手が持っている弓にご注目。
なにかの植物に似ていませんか?
そう、ススキに似ていますね。

現代の歌、Jpopにもいろんな植物など自然界にあるものが出てきます。
例えば一青窈さんなら、ハナミズキ、イチジク、いろはもみじ、雨などが歌詞の中に出てきます。
それらの植物はイメージや季節、雰囲気などをつたえるために詩の中に登場するのだと思います。

しかし古代人は植物の形などから他の物の比喩として用いていたようです。

ススキは矢、雪は塩に似ているでしょう。

また鹿の背中には白い斑点があるので、それを雪に喩えたのだと思います。

大仏殿 鹿 
大仏殿 夏毛の鹿

③萩はなぜ鹿鳴草というの?

萩の花は別名を「鹿鳴草」といいますが、それは萩の白い花が雄鹿の背中に積もった雪=塩や、鹿の夏毛の斑点に似ているためだと思います。

大聖寺門跡 萩3 
大聖寺門跡 萩

④貝は女性器の比喩?

また死んだ大国主がキサガイヒメ(𧏛貝比売)ととウムギヒメ(蛤貝比売)の手当てを受けて生き返るという物語がありますが、貝は女性器の比喩ではないでしょうか。

同じ例は外国にもあって、愛と美の女神・ビーナスはしばしば貝に乗る姿で描かれています。
これは、ビーナスが女性の神であることを示すものではないでしょうか。

⑤ススキ野の山焼きを比喩した物語?

大国主が根の国に行ったという話があります。

根の国の王スサノオは、広い野原の中に鳴鏑(なりかぶら)を射込み、それを拾ってくるようにと大国主に命じた。
大国主が野の中に入っていくと、スサノオは野に火を放った。
大国主が困っているとネズミがやってきて、「内はほらほら、外はすぶすぶ」(穴の内側は広い、穴の入り口はすぼまって狭い)といった。
そこで大国主は地面を踏んでみると、穴の中におち、火から身を守ることができた。


これはススキ野の山焼きをモチーフにした話なのかもしれないと思ったりしました。

ススキはかやぶき屋根の材料となるため、かつて各地に萱場が造られていました。
ススキで有名な宇陀の曽爾高原も茅場であったと聞きました。

ところがススキ野を放置しておくと、赤松などの木が生えてきます。
そこで萱場を維持するために、人々は定期的に草刈り、火入れを行っていました。

若草山山焼き 平城京より  
若草山山焼き 生石高原でも春に山焼きが行われているそうです。

で、ススキ野にはカヤネズミという小さいネズミが巣をつくって生息したりしているようです。

生石高原 ススキ 夕景2 
生石高原 ススキ 夕景 
生石高原 ススキ 夕景4


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[2018/10/23 18:30] 和歌山 | トラックバック(-) | コメント(-)