fc2ブログ














五新線 和歌山線 百日紅 向日葵 『かなわなかった100日目のランデブー』 

奈良県五條市 上野公園 五新線跡
2018年8月17日 撮影


上野公園 さるすべり 和歌山線 
上野公園より和歌山線を望む

①「宮中=紫薇=百日紅=100」なのに「宮中=九重=99」

サルスベリは中国南部が原産で江戸初期に日本に伝わったそうです。
中国では紫薇(しび)と呼ばれますが、唐代長安の紫微(宮廷)に多く植えられていたので、紫薇と呼ばれるようになったともいわれます。

宮廷は紫微で、植物は紫薇。草冠があるかないかのちがいですね。

日本では宮中のことを九重ともいいますね。
九重とは9つの重なりという意味であると説明されますが、
九重→九が重なる→九九(99)という意味だったりしませんかね?

法輪寺 重陽神事 『団扇は魂を呼び寄せる呪具だった』 

九が重なるとは重陽のことでもあります。
9月9日はひとけたの陽の数字(陰陽道では偶数を陰、奇数を陽とする)である9が重なる日なので、重陽の節句とされています。
菊の節句ともいい、この日、菊の葉についたしずくを飲むと不老不死のご利益があるなどといわれます。

宮中のことを雲の上ともいいます。
雲の上の人は不老不死なので九重(九が重なる?)というんだったりして?

宮中=紫薇=九重(九が重なる)=99

あれっ、でも 
宮中=紫薇=百日紅=100ですね?

なぜ99と100で数字があわないのでしょう??

上野公園 さるすべり 
上野公園 百日紅

②かなわなかった100日後の再会


サルスベリを百日紅と書くのは、花が咲く期間が長く、100日近くも紅色の花を咲かせるためです。
で、朝鮮半島に次のような伝説があるそうです。

ある漁村には、水難をさけるため娘を竜神の生贄にする習慣がありました。
漁村を通りかかった王子は竜神を退治して娘を救いました。
王子と娘は100日後に会おうと約束して別れました。
しかし、娘は100日前に亡くなってしまいました。
娘との再会が叶わなかった王子は娘の墓の前で泣きました。
すると墓の前に2本の木が生えてきて、それぞれ赤と白の花が咲き、100日間も咲き続けました。

五條新町 百日紅

五條新町 百日紅

③恋する女は紫色に染まる?

百日紅には鮮やかなピンク色のほか、白色、紫色などもあります。
江戸時代に日本に伝わってから、品種改良もされているので、もともとの色が何色だったからよくわからないのですが
②の伝説から察するに、赤と白はもともとあった色だろうと思われます。
またサルスベリで最もよく見かけるのは鮮やかなピンク色なので、赤といっても濃いピンク色のことを言っているのではないかと想像します。

このピンク色、紫といえなくもない?

万葉集に次のような歌があります。

紫は ほのさすものぞ 海石榴市の 八十のちまたに 逢へる子や誰
(海石榴市の辻で逢った貴女は、何というお名前ですか。)


紫色に布を染めるためには、椿の灰を媒染剤としました。
紫とは道で出会った女、灰汁は男のことで、男と目があったとたん、女がぱっと美しく瞳を輝かせた、というような意味でしょうか。

 上野公園 ひまわり 和歌山線

上野公園より和歌山線を望む

こんな歌もあります。

紫草(むらさき)のにほへる妹を憎くあらば 人妻ゆゑに我恋ひめやも.
( 紫草の紫色のように美しいあなたのことを憎いと思っているとしたら、どうして私はあなたのことがこんなに恋しいのでしょうか。あなたは人妻だというのに)


大海人皇子(のちの天武天皇)が額田王に贈った有名な歌ですね。

この2首を鑑賞すると、恋する女が美しく瞳を輝かせるようすを『紫』といっているように思えませんか?

国営ひたち海浜公園 ネモフィラ 『吸血鬼 紫女』 
上賀茂神社 燃灯祭 『小松と玉箒草は夫婦和合を意味している?』 

日本書紀に『トガノの鹿』という物語があり、鹿とは謀反人を比喩したものであるとする説があります。

雄鹿が『全身に霜がおりる夢を見た。』と言うと雌鹿が『霜だと思ったのは塩であなたは殺されて塩が振られているのです。』と答えました。
翌朝猟師が雄鹿を射て殺しました。
時の人々は『夢占いのとおりになってしまった』と噂しました。 (トガノの鹿)

大仏殿 鹿 
大仏殿 鹿

謀反の罪で殺された人は塩を振られることがあり、 鹿とは謀反人の象徴なのではないかというのです。

萩の別名は『鹿鳴草』といいます。なぜ萩のことを『鹿鳴草』というのでしょうか。

萩には白色の花と紫色の花がありますが、白い萩の花は塩を振ったように見えます。
また鹿の夏毛には白い斑点があり、その白い斑点もまた塩に喩えられたのではないでしょうか。 

つまり、白い萩の花は謀反人=雄鹿をあらわすものだと思います。
そして紫色の花のほうは雌鹿をあらわしているのでしょう。

元興寺 彼岸花 萩 『なぜ萩の別名は鹿鳴草?』  

②の伝説に登場する白いサルスベリは王子の象徴、赤い(紫)のサルスベリは娘の象徴ではないでしょうか。

百毫寺 萩 
百毫寺 萩

④深草少将百代通い伝説

②の伝説によく似た伝説が日本にあります。

小町を慕う深草少将に小町は「百日間私のもとに通いとおしたならば、あなたのものになりましょう」と約束をしました。する。
深草少将は毎夜小町のもとに通い続けましたが、今日で100日目という雪の夜に凍えて死んでしまいました。

100日という約束が果たせずに死んでしまったという点が⓶の伝説と同じですね。

欣浄寺-供養塔

欣浄寺 小野小町・深草少将供養塔

⑤深草少将と小野小町の99と100

④のような伝説が残り、深草少将は99に縁の深い人dといえるでしょう。
そして小野小町は100と縁が深く、たとえば能の関寺小町では100歳の老婆として登場しています。

でも小町は100だけではなく99とも関係が深いです。

というのは、伊勢物語に「九十九髪」の段があり、次のような物語が記されているのです。

昔、色気づいた女が三人の子に「思いやりのある男にお会いしたい」と話した。
三男は「よい男が現れるでしょう」と夢判断をし、在五中将(在原業平)に頼み込んだ。
在五中将は女をかわいそうに思ってやってきて寝た。
しかしその後、在五中将は女のもとへやってこなくなり、女は男の家に行って中を伺った。
男は女をちらっとみて歌を詠んだ。

ももとせに ひととせ足らぬ つくも髪 我を恋ふらし おもかげに見ゆ
(百年に1年たりない九十九歳の白髪の女が、私を恋い慕っているのが 面影に見える。)

その後、男がでかけようとしたので、女は家に戻って横になった。
在五中将が女の家の前で中を伺うと、女は次のように歌を詠んだ。

さむしろに 衣かたしき こよひもや こひしき人に あはでのみねむ  
(狭いむしろに衣を一枚だけ敷き、今宵も恋しい人に会えずに寝るのだろうか。)

在五中将は女がかわいそうになり、その夜は女と寝た。 (伊勢物語)

※伊勢物語には単に「色気づいた女」とあるが、伊勢物語の注釈書・『知顕集)』には次のように記されている。
「このをんなは、をののこまちなり。小野小町とふ、こまちには子ありともきかぬに、三人ありといへり。いかなる人の子をうみけるぞや、おぼつかなし。」
(この女は小野小町である。小野小町に子供があったとは聞いたことがないが、三人の子がいるとしている。どんな人の子を産んだのか、はっきりしない)
  

九十九は「つくも」と読みますが、「つくも」とは「つぎもも(次百)」という意味だそうです。
100ひく1は99となりますが、百ひく一は白となるので九十九髪とは白髪のことだというのです。
うまい!座布団2枚!

小野小町像 
髄心院 小野小町像

⑥熊手=九十九まで、掃く(まで)=百(まで)

また、俗謡で「おまえ百までわしゃ九 十九まで、共に白髪の生えるまで」というのがあります。
これは謡曲高砂の尉・姥からくるものだとされています。

尉が熊手をもち、姥が箒をもって掃いているのは、熊手=九十九まで、掃く(まで)=百(まで)という洒落だとされます。
これもうまい!座布団2枚!

亀岡祭 高砂山 

亀岡祭 高砂山

⑦白は男、赤(桃色?紫?)は女をあらわす。

⑤に書いたように九十九は百-一=白です。
そして百は「もも」とも読み、桃色はピンク色です。

③に「②の伝説に登場する白いサルスベリは王子の象徴、赤い(紫)のサルスベリは娘の象徴ではないでしょうか。」と書きましたが
白いサルスベリ・・・九十九(百-一=白)・・・熊手(九十九まで)・・・尉・・・男・・・王子
赤いサルスベリ・・・百(桃色)/・・・・・・・掃く(はく=百)・・・・姥・・・女・・・娘
となって、つじつまがあってる?

また九十九は奇数で陰陽道では陽の数字、百は偶数で陰の数字ですが
陰陽道では男が陽で、女が陰なので、これもつじつまがあいます。

多気山不動尊 道祖神 

多気山不動尊 道祖神 (日本では、道祖神はアメノウズメとサルタヒコの神像とされます。)


⑧サルは王子や深草少将をあらわす?

サルスベリという名前は幹につるつるした感触があるため、猿が登ろうとしても滑ってしまうという意味だとされます。
(実際には猿はすべらず登ることができるそうです。)

登ろうとしても登れなかった猿は、100日を満たせず、恋する女性に会えなかった王子や深草少将のイメージと重なります。

そういえば、日本では、道祖神はアメノウズメとサルタヒコの神像とされていますね。
道祖神は手をつなぎ合っていますが、これはランデブーというよりも、サルタヒコがアメノウズメの手におさえつけられてるの図だと私は見ています。

というのはサルタヒコはあざかの海で貝に手を挟まれて死んだとあるのです。
貝は女陰の比喩で、サルタヒコはアメノウズメへの愛欲におぼれて死んだという意味ではないでしょうか。

この神話と、朝鮮の王子&娘、深草少将&小野小町の話は関係がありそうです。
もう少し考えてみます。
まとまりを欠く文章になってしまい、すいません!

五新鉄道 説明版 

幻の五新鉄道のはずなのに、SLが?

五新鉄道 SLを合成


※まとめサイトなどへ無断で転載することはおやめください。

歴史ブログ・
旅 free style もよろしくお願いします~。

毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!



にほんブログ村 






 
関連記事

[2018/09/05 11:23] 奈良県 | トラックバック(-) | コメント(-)