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安楽寺 さつき 『くさの地蔵に柄杓を奉納するのはなぜ?』 


京都市左京区 安楽寺
2014年6月 撮影

安楽寺 本堂 皐月


①「くさの地蔵」は「瘡地蔵」?


安楽寺の地蔵堂に「くさの地蔵」がお祀りされています。(例によって写真撮り忘れました~。なんでもいいからとにかくシャッターきっとかないとダメですね・・・ 汗)

1991年に解体修理を行った際、胎内に墨書銘が発見されました。
そしてこの銘より、このお地蔵さまが1258年に作られたこと、作者は慶派の仏師であることがわかりました。

「くさの地蔵」は皮膚病・腫瘍を治してくださるお地蔵さまとして厚い信仰を集めているそうです。
なぜ「くさの地蔵」は皮膚病・腫瘍にご利益があると考えられたのでしょうか?

大阪府枚方市の片埜神社に瘡(くさがみ)神社があります。

瘡神社

片埜神社の境外社・瘡(くさがみ)神社 神殿はなく拝殿よりご神体の沼を拝む。

瘡は「くさ」とよみ、「皮膚のできもの」を意味します。
「くさの地蔵」の「くさの」がもともとどのような漢字表記だったのかわかりませんが、「瘡」であったかもしれません。
またこれとは異なる漢字、たとえば「早」「草」「総」などであったのかもわかりませんが、この場合は音が「瘡」に通じることから「瘡にご利益のあるお地蔵さま」として信仰されたのだと考えられます。

②くさの地蔵は北斗七星のみほとけ

「くさの地蔵」には柄杓を奉納する習慣があったようです。
なぜ「くさの地蔵」にこのような習慣があったのでしょうか?
安楽寺のhpには次のように記されています。

安楽寺には「くさの地蔵」さまへの願掛けやお礼に奉納された古い柄杓(ひしゃく)がたくさん残されています。
「柄杓」には北斗七星にかたどられ、世界中の神話に神聖な道具として登場するものです。

http://anrakuji-kyoto.com/anrakuji.html より引用

「奉納された柄杓に北斗七星がかたどられている」ということでしょうか。
それとも、「柄杓が北斗七星を意味する」という意味でしょうか。
いずれにせよ、「くさの地蔵」は北斗七星に関係するお地蔵さまだということでしょうね。

安楽寺 皐月2

③柄杓もしゃもじも杓子

ご飯をよそったり、汁をすくう道具のことを杓子といいます。
柄杓は杓子の一種なんですね。

 
また、しゃもじも杓子の一種です。

そして多賀神社などしゃもじを奉納する習慣のある神社があります。

多賀大社 橋

多賀大社に奉納するしゃもじを象った看板 

④石神→シャクジン→ミジャクジ→シャクシ

多賀大社には、寿命石と呼ばれる石があります。
東大寺再建を命じられた重源が多賀大社に東大寺再建を果たすまでの延命祈願をし、東大寺再建後に座り込んでなくなった石だと言われます。

寿命石は多賀大社の神の石だといえます。
つまり多賀大社は石神であり、石神→シャクジン→ミジャグジ→シャクシとなって、杓子の一種であるしゃもじが奉納されるようになったのではないかと私は考えました。

ミシャグジはオシャモジとも呼ばれて信仰されている神で、諏訪地方では白蛇の姿をしているとか、タケミナカタや洩矢神と同一神ともされています。

シャモジを奉納する習慣がある神社はたくさんあり、中には咳にご利益があるとされているところもあります。
それはミシャグジ→御石神→石→セキ→咳という語呂合わせだと思います。

四天王寺 咳の地蔵尊

上は大阪四天王寺にある「咳の地蔵尊」ですが、「石の地蔵尊」から語呂合わせで「咳の地蔵尊」となったのではないかと思います。

日本には語呂合わせで神格を広げる習慣があったようで、柿本人麻呂はもともとは和歌三神の一だったのが、人麻呂→ひとまる(火止まる)で防火の神に、ひとうまる(人生まる)で安産の神と神格を広げています。

●なぜ弓でひいて音を出す楽器を胡というの?

青龍山山頂に胡宮の磐座(いわくら)があり、多賀大社の奥の院と呼ばれているそうです。
その青龍山のふもとにある胡宮神社は多賀大社の関係の深い神社だと思われます。

胡宮神社 鳥居 桜

胡宮神社

磐座とは信仰の対象とされた磐や石のことです。
青龍山山頂にある胡宮磐座はまさしく石の神ですね。

そして胡宮神社の胡という漢字を漢和辞典で調べてみると、次のように書いてありました。

獣のあご。垂れ下がった顎の肉。
②くび
③なんぞ。なに。いずくんぞ。
④いのちがながい。としより。おきな。
⑤とおい。はるか。
⑥えびす。北方の異民族の名。
⑦昔の中国で、外国から渡来したものをいう。
⑧祭器。
⑨でたらめのこと。
⑩ほこの首。ほこの先に曲がってわきに出たもの。
角川漢和中辞典(昭和51年 161版)より。


①獣のあご。垂れ下がった顎の肉。
②くび

というのが特に気になります。

胡弓という楽器があります。
三味線に似ていますが、三味線と違って弓で弾きます。

琉球には胡弓(クーチョー)、中国には二胡と読いう楽器がありますが、やはり弓で弾きます。
さらに、擦弦楽器を総称して胡弓と呼ぶこともあり、明治初期にはバイオリンのことも胡弓といっていたようです。

つまり弓でひくものが胡弓であり、指やバチではじく三味線やギターは胡弓ではないのです。
それは弓でひくことに、首を刀などで切断しているイメージがあるからではないでしょうか?



動画お借りしました。動画主さんありがとうございます!

そう考えると、胡宮神社とはドクロ(首)の神であり、胡宮の磐座を奥の院とする多賀大社もドクロの神ではないかと思われるのです。

そして、しゃもじは胴体から切り離した首=ドクロを思わせる形をしているではありませんか。

つまり、石神=シャクジン=ミシャグジ=杓子=胴体から切り離した首に似ている=ドクロ 
という関係になっていると思われるのです。

くさの地蔵に戻りましょう。
このくさの地蔵に奉納する柄杓も杓子の一種であり、その形はやはりドクロに似ています。
くさの地蔵もミシャグジと同じくドクロの神なのではないでしょうか。

ただ疑問は残っています。
くさの地蔵は木造であって石仏ではありません。
これが解けねば、くさの地蔵はドクロの神とは断定できない~。
もうちょっと考えてみます。

安楽寺 皐月 

安楽寺 仏足石 



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[2018/06/12 22:56] 京都府 | トラックバック(-) | コメント(-)