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大和郡山市 大和な雛祭 『市松模様の着物を着た人形』 


大和な雛祭・・・3月4日まで 郡山城近辺

大和な雛祭 市松人形 男の子と女の子 
小さい人形にあわせて着物の生地も柄が小さいものを特注して作られたそうです。

①市松人形のルーツ

市松人形とは日本の伝統的な着せ替え人形で、そのルーツは室町時代だといわれます。
公家の子供の玩具だったみたいですね。

大和な雛祭 市松人形3 

金メダリストの小平奈緒さんに似てない?

②市松人形は怖い?

ですがもっとさかのぼれば平安時代の天児 (あまがつ)や這子(はうこ/さるぼぼみたいな人形)につながるでしょう。
これらは身代わり人形で、子供に変わって人形が厄災をうけるという目的で作られたものです。

市比売神社 天児人形

市比売神社 天児人形

ときどき市松人形を怖い、という人がいますね。
もしかしたら、それは人形が厄災を受ける身代わりの役割を担っていたので、人形に疫病や恨みつらみなどの感情を敏感に感じ取るからかもしれませんね。

でも私は市松人形大好きです。怖さを感じないことはないんですが、かえってその怖さにぞくぞくする美しさを感じてしまうのです。(変態か?)

大和な雛祭 市松人形2

③市松人形は佐野川市松に顔が似ている?

市松人形という名前は、江戸時代の歌舞伎役者「佐野川市松(1722-1762)」に顔が似ているところからつけられたという説があります。

https://ja.ukiyo-e.org/image/ritsumei/Z0169-011
上記サイトに佐野川市松を描いた浮世絵がありますが、かわいらしい市松人形とはかなり容貌が違って見えます。
写楽が描いたものだからかな~?

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/k/knockeye/20171001/20171001163842_original.jpg
ですが、上のサイトの「佐野川市松・人形遣」に描かれた佐野川市松はなかなかの美少年で市松人形に似てるといえるかも?

大和な雛祭 市松人形 

歯や舌もちゃんとあるんですよ。

③市松模様は佐野川市松のトレードマーク

https://ja.ukiyo-e.org/image/ritsumei/Z0166-471
上の浮世絵もそうですが、すべて市松模様の着物を着ていますね

もともとこの柄は石畳とか霰と呼ばれていたようですが、佐野川市松の衣装から市松模様と名付けられたとされます。
確かに浮世絵などを見ると市松模様が佐野川市松のトレードマークだったようなので、「野川市松の衣装から市松模様と名付けられた」というのは納得です。

おおーー。この人形は市松模様の着物をきているではありませんか~。↓

大和な雛祭 箱入り 市松人形

箱には「安政7 庚申 年」と書かれています。
安政7年は1860年で、庚申とあるのはこの年の干支(十干と十二支を組み合わせた数詞。周期は60。詳しくはこちら→柴又帝釈天(題経寺) 葛飾納涼花火大会 『帝釈天と庚申信仰の関係は?』 )ですね。

1860年は佐野川市松没後100年ほどたっていますが、当時市松人形にはこのような着物を着せられることが多かったのかも?

大和な雛祭 源九朗稲荷神社 ケースに入った市松人形   

ガラスケース前の飾りは奥様が手作りされたそうです。センスがいいし、すごく器用でびっくりです~。

大和な雛祭 ミニチュア 台所 
ミニチュアの台所 神棚までありますよ。

大和な雛祭 ミニチュア へっついさん 
ミニチュアのへっついさん

大和な雛祭-重箱と銘々膳 

ミニチュアの重箱と銘々膳
昔ばあちゃんちで、こんなのでご飯食べたなあ~。



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[2018/03/01 00:00] 奈良の祭 | トラックバック(-) | コメント(-)