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日牟禮八幡宮 雪『語呂合わせで神格を奪われた太陽神』 


滋賀県近江八幡市 日牟禮八幡宮 
    

日牟禮八幡宮 拝殿 

①日群から比牟禮に


131年、成務天皇が高穴穂の宮に即位された時、武内宿禰に命じてこの地に大嶋大神を祀ったのが、日牟禮八幡宮の始まりと伝えられます。
その後、275年に応神天皇が奥津嶋神社からもどられたとき、この地で休憩されたところ、ふたつの日輪をご覧になられるという不思議な出来事がありました
そこで祠を建て、日群之社八幡宮と名付けられました。

691年、藤原不比等が日群之社八幡宮を参拝し、次のように歌を詠みました。

天降りの 神の誕生の 八幡かも ひむれの杜に なびく白雲
(天下った神が誕生した八幡よ、ひむれの社に白雲がなびいているよ、みたいな意味かな?)


この不比等の歌にちなんで比牟禮社に改めたそうです。


和歌は「ひむれ」とひらがなになっていますが、なぜこの歌から「日群」を「比牟禮」と神社名を変えたのでしょうか?
もともとの和歌は「天降りの 神の誕生の 八幡かも 比牟禮の社に なびく白雲」となっていたのでしょうか?

それとも不比等の歌の意味をつきつめると「日群」より「比牟禮」のほうがふさわしいということで、「比牟禮」に改められたのでしょうか?

ネットを調べてみたんですが、そのあたりを明確に記したものは見つかりませんでした。

神社名が現在の日牟禮八幡宮に改められたのは昭和41年(1966年)のことです。
日牟禮八幡宮と呼ばれるようになったのは最近のことで、長い間比牟禮八幡宮と呼ばれていたのです。

日牟禮八幡宮

②不比等が語呂合わせで神格を変えた?

興味深いブログ記事を見つけました。→ https://ameblo.jp/duku510/entry-11903252528.html

『日』は『太陽』、『群』は『群がる』で、『日群』は『太陽が複数』という意味、
『比』は『並べる』、『牟』は『奪う』、『禮(礼)』は『敬って拝する』で、『比牟礼』は『並んで奪うものを廃する』という意味だというのです。

つまりもともとは応神天皇が二つの太陽をご覧になったので、『太陽が複数』で『日群』という神社名だったのが
不比等が『日群』を語呂合わせで『並んで奪うものを拝する』という意味の『比牟禮』に変えてしまった、というのですね。

これはオモシロイです!すばらしいひらめきですね!

ただ、『比牟禮』は『二つ並んだ太陽神の一方の神格を奪い、神格を奪い取ったほうの神を拝む』という意味ではないかと思います。

日牟禮八幡宮 狛犬 雪

⑥名前を取り換えた皇子

古事記にこんな話があります。

武内宿禰は皇子(のちの応神天皇)に禊をさせるため海岸に連れていきました。
その夜、武内宿禰の夢の中に伊奢沙和気大神が現れ、「皇子と私の名前を交換してほしい」と言ったので、武内宿禰はこれを承知しました。
翌朝、海岸に行ってみると、たくさんの鼻を傷つけられたイルカがいました。
皇子は「神様が御饌を下さった」と大喜びしました。
イルカの血で臭かったので、血浦となり、これが訛って角鹿(ツヌガ/現在の敦賀)となりました。

日牟禮八幡宮 能舞台

⑤名前の交換は政権交代をあらわす?


応神天皇と伊奢沙和気大神が名前を交換するという話は、政権交代を意味しているのではないかと思います。
伊奢沙和気大神とは福井県敦賀市の気比神宮に鎮座する神です。
応神天皇は伊奢沙和気大神となって気比神宮に祀られ、神饌として大漁のイルカがお供えされたという話なのかも?
そして伊奢沙和気大神は応神天皇となり、ちゃっかり皇位についたということではないでしょうか?

天皇家の祖神は天照大神なので、天皇は太陽神だといえるでしょう。
世界的に見ても王を太陽神としてあがめたケースが多いです。

つまり『応神天皇がふたつの日輪を見た=日群』というのは『自分のほかにもう一人の太陽神を見た』という意味だと思うのです。

そして『二つ並んだ太陽神の一方の神格を奪い、神格を奪い取ったほうの神を拝む=比牟禮』とは
『本物の応神天皇の太陽神という神格を奪い、伊奢沙和気大神として拝み、伊奢沙和気大神が偽物の応神天皇となった。』
という意味ではないでしょうか。

⑥『天皇家は万世一系』は嘘では?

一般に天皇家は万世一系だと言われますが、神話や伝説を紐解いていくと、どうも万世一系は怪しいように思えます。

神話は実話ではないので重要視しても仕方がない?

たしかに神話は実話ではないでしょう。
ですが、なぜこのような神話が作られたのか、と考えることはできるでしょう。

応神天皇と伊奢沙和気大神が名前を交換したという話が、政権交代を意味するというが、古事記は天皇家のために書かれたものだ。
なぜ天皇家にとって不都合なことをわざわざ記すのかって?

古事記が書かれた奈良時代、政権交代があったというのは偽りようのない周知の事実だったので、記さざるをえなかったのではないでしょうか?

もしも、応神天皇と伊奢沙和気大神が名前を交換したという話が、政権交代を意味する神話ではないとお考えの方がいれば
その理由を聞かせていただきたいです。
お話しを伺ったうえで、もう一度神話について考え直したいと思いますので。


↓ おまけ 池田町洋風住宅と旧近江八幡郵便局


池田町洋風住宅 

 
旧八幡郵便局  

旧八幡郵便局2 


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[2018/02/24 16:58] 滋賀 | トラックバック(-) | コメント(-)