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阿比太神社 節分祭 『阿鼻地獄の神を祀る寺?』 

大阪府箕面市 阿比太神社
節分祭・・・2月3日

阿比太神社 節分祭  

①地名からくる神社名

阿比太神社という神社名はどこからくるのでしょうか?

地名からくる神社名などもありますね。
京都の粟田神社はおそらく粟田氏という氏族の名前からくるんじゃないかと思いますが、住所は粟田口鍛冶町となっています。
大阪の交埜(かたの)神社があるあたりはかつて交野ケ原とよばれていたので、交野ケ原という地名から交埜神社になったのではないでしょうか。

阿比太神社 節分祭 

②阿比太という地名はなかった。

阿比太神社の近所の地名を見てみると、半町、新稲、桜井、桜が丘などがありますが阿比太という地名はありません。
○○が丘とか××荘というような地名は新しい地名だと言われます。
桜が丘というのはたぶん新しい地名ですね。
ということは、桜が丘と地名が変わる前は阿比太という地名だった? 

阿比太神社 節分祭 

と書いてみましたが、たぶんそれはないと思います。
というのは、 阿比太神社にはこんな伝説があるんです。 
 
半町、桜、新稲の村人達は互いに「阿比太神社の神様は自分たちの氏神様」だと言い張って喧嘩がたえなかった。
そこで村ごとに鳥居を献納し、一番早く立派な鳥居を作ったほうが祭りをとりしまることにした。
これを盗み聞きした桜村の九郎兵衛という大工は一夜で鳥居を作りあげ、本殿の前に建てた。
半町、新稲の人達はしかたなく、自分たちの村の方向に向けて鳥居を建てた。
祭を取り仕切る権利は桜村に与えられた。


この伝説に登場するのは半町・桜・新稲という地名のみで、阿比太というのはありません。

また、元禄5年10月の吟味帳にも「半町村、桜村、新稲村より火とぼし掃治人1年替りに勤め来り候」とあって、この史料からも「阿比太」という地名はなかったと考えられますね。 
 
阿比太神社 節分祭  
③阿鼻地獄の阿鼻が阿比に転じた?

「阿比太」が地名でないとすると、「阿比太」とはいったいどういう意味なんでしょうか?

もしかしたら、阿鼻地獄の阿鼻が阿比に転じて阿比太になったなんてことはないかな?

日本では同じものに複数の漢字をあてるということがあったようです。
たとえば奈良の東大寺に転害門(てがいもん)という立派な門がありますが、その周辺の地名を手貝町(てがいちょう)といいますし
大阪の池田市には伊居太神社(いけだじんじゃ)という神社があります。

万葉仮名を生み出したわれわれの祖先は漢字の意味よりも音を重要視していたようです。
とすれば、阿鼻を阿比として表記した可能性もありそうに思えます。

太という漢字は男子の名前の末尾につけられることが多いです。ポン太のようにニックネームのようにも使われますね。
阿鼻地獄にいる男という意味で、阿鼻太となり、それが阿比太に転じたとか?

阿比太神社 節分祭  
④阿鼻地獄とは!


阿鼻地獄とは地獄の最下層にあり、64の目を持つ鬼に舌を抜かれ、100本の釘を打たれ、毒、火を吐く虫、大蛇に責められ、熱鉄の山を登ったり下りたりさせられるのだそうです。 

阿比太神社 節分祭  

⑤阿比太神社の御祭神・スサノオは根の国の王


阿比太神社の御祭神のスサノオは、天照大神にいたずらをした罰で高天原を追放された神です。(つまり堕天使)
高天原を追放されたスサノオは葦原中国に降り立ったとされますが、スサノオは根の国の王としても登場します。
根の国は黄泉の国と同様のものだと考えられています。

で、この根の国に大国主が行くという物語があるのですが、根の国の王・スサノオは大国主を蛇のいる部屋、蜂や百足のいる部屋に閉じ込めたり、大国主のいる野に火を放って焼き殺そうとしたりひどいことをしています。

大国主が根の国で受けた試練はまるで阿鼻地獄の責め苦のようではありませんか~。

阿比太とは阿鼻地獄の王という意味で、阿比太神社の御祭神・スサノオのことなのかも?

阿比太神社 節分祭  
⑥阿比という鳥もいる。

また阿比という鳥もいます。

http://k-yatyou.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-2e4b.html
↑ こちらのブロガーさんがとてもかわいらしく阿比の写真を撮っておられます。

阿比の白い斑点・・・これは謀反人のしるしです。

阿比太神社 節分祭 

というのは、日本書紀にこんな話があるんです。

雄鹿が「全身に霜が降る夢を見た」というと、雌鹿が「それは霜ではなく塩で、あなたは殺されて塩を振られているのです」と答えました。


昔謀反の罪で殺された人は塩が振られたそうで、雄鹿は謀反人の比喩ではないかとする説があります。
高天原を追放されたスサノオは謀反人だといえ、古の人々は塩を振ったかのような斑点のある阿比の姿にスサノオのイメージを重ねたのかも。

また阿比は足が後ろのほうについているので「あとあし」と呼ぶ地方もあります。

で、阿比太神社の節分祭では阿鼻地獄を思わせるような火渡りをするのですが、そのあと紙の上に足をおいて型をとります。

阿比太神社 節分祭 足形

足形は「あしあと」と言ってもいいと思いますが、この「あしあと」という言葉をひっくり返すと「あとあし(阿比のこと)」となるじゃーあーりませんかーーー。





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[2018/02/06 10:33] 大阪の祭 | トラックバック(-) | コメント(-)