龍安寺 雪 『龍安寺周辺にカシオペア座・北斗七星・北極星があった?』 


京都市右京区 龍安寺
2015年1月初旬 撮影

龍安寺 石庭2 

①龍安寺石庭はカシオペアを表している?


龍安寺 石庭 枝垂れ桜 『龍安寺石庭はカシオペアを模したものだった?』 
↑ こちらの記事に竜安寺石庭はカシオペア座を表しているのではないかと書きました。

へたくそな図ですが、見れば一目瞭然ですよっ。

龍安寺 石庭 レイアウト  
                

カシオペア  
                       
石庭もカシオペア座もアルファベットのМの形をしていますが、石庭は向かって左側が広いのに対し、カシオペア座は向かって右側が広くなっています。

向きが逆ですが、天球上に星座が張り付いているものとし、天球の上からカシオペア座を眺めたとすると龍安寺石庭のような形に見えますね。

龍安寺 石庭 
②7つの陵の被葬者は七福神のイメージ?

石庭周辺の地図を見ていて、あっと思いました。
石庭の北に7つの陵があるんですね。

龍安寺周辺図 

被葬者生没年在位
第59代 宇多天皇867-931887-836
第64代 円融天皇959-991969-984
第66代 後一条天皇980-1011986-1011
第69代 後朱雀天皇1009-10451036-1045
禎子内親王(第67代三条天皇の皇女・第69代後朱雀天皇皇后)1013-1094
第70代 後冷泉天皇1025-10681045-1068
第71代 後三条天皇1034-10781068-1073

禎子(ていし/さだこ/よしこ)内親王のみ女性です。

7人の貴人の中に紅一点というのは七福神(蛭子・大黒・毘沙門天・布袋・弁財天・福禄寿・寿老人)を思い出させます。
七福神の中の弁財天のみ女神ですね。

龍安寺 渡り廊下  

③鞍馬七福神は北斗七星の神?


下図は鞍馬寺の境内図です。

鞍馬寺 境内図

高田祟史さんが、七福神は北斗七星の神であるというようなことをおっしゃっていました。

鞍馬七福神はその配置が北斗七星とはかなり異なりますが、北斗七星の神は変形されることが多いようで
星田妙見宮(大阪府交野市)の北斗七星の神々も北斗七星の形に配置されていませんでした。

星田妙見宮 境内図

星田妙見宮 境内図 (文・禄・巨・貧・破・武・廉とあるのが北斗七星の神だが北斗七星の形に配置されていません。)



鞍馬七福神は北斗七星の神なのかもしれません。

④由岐神社はカシオペア座の神?

そして由岐神社はカシオペア座の神ではないかと思います。

940年、朱雀天皇は世の中を安泰にするため、由岐神社を宮中から鞍馬へ遷宮させました。
このとき関東でおこった平将門の乱は平定されていたのですが、南海の藤原純友の乱は平定されていませんでした。
おそらく由岐神社は藤原純友の乱平定を目的として遷宮されたのだと思います。

そして由岐神社の祭礼・鞍馬の火祭で行われるチョッペンの儀では、二人の青年があおむけになって足をⅤ字形に開脚します。
二人で開脚するのでカシオペア座の形・・・W字形に見えます。



動画をお借りしました。
動画主さん、ありがとうございます。

そして藤原純友は海賊の首領で、愛媛県の日振島を本拠地としていたのですが、なんとこの日振島もカシオペア座の形・W字形をしているのですーーー!



⑤カシオペア=藤原純友、鞍馬七福神=平将門、北極星=いのちの像?


由岐明神とは藤原純友のことで、藤原純友はカシオペアの神だと考えられていたのではないでしょうか?

そして加門七海さんが、関東の平将門関連史跡の配置が北斗七星の形になっていると指摘されています。
鞍馬七福神は平将門を祀っているのではないかと思います。

すると、由岐神社と鞍馬七福神をつなぐ場所にある「いのちの像」は北極星をイメージしたものではないかと思います。

つまり、カシオペア(藤原純友)と北斗七星(平将門)を、北極星(いのちの像)につなぎとめることで、
同時期におこった藤原純友の乱・平の将門の乱を平定し、
また彼らの怨霊が暴れないようにするという呪術ではないかと思うわけです。

鞍馬寺 命の像

鞍馬寺 いのちの像

北斗七星 カシオペア座

詳しくは別ブログ「旅 free style」のこちらの記事をお読みください。↓
カシオペア・北斗七星・北極星の呪術⑨ 『チョッペンの儀はカシオペアを表している?』 
カシオペア・北斗七星・北極星の呪術⑩ 『鞍馬七福神は北斗七星の神?』  

龍安寺  

④龍安寺石庭=カシオペア座、七つの陵=北斗七星、蹲(つくばい)=北極星?

由岐神社と鞍馬七福神の関係を認識したところで、龍安寺の話に戻りましょう~。

もう一度、龍安寺周辺の図を見てほしいのですが

龍安寺周辺図

龍安寺石庭はカシオペア座をイメージしたものだと思われるので、
七つの陵は七福神をイメージしたものであると同時に、北斗七星をイメージしたものであるようにも思えます。
なんとなく、鞍馬寺境内図にも似ていますよね。

すると、石庭と七つの陵をつなぐ位置にある蹲(つくばい)は北極星を表すものなのかも?

龍安寺 つくばい 
龍安寺 蹲(つくばい) 

龍安寺の蹲は※中央の□を部首とみなし、上から右回りで読むと吾唯足知(吾、唯足るを知る/われ、ただたるをしる)と読めます。

龍安寺 つくばい2 

この蹲にはなぜ「吾唯足知」と書いてあるのでしょうか?
なにか哲学的な意味があるようにも思えますが、私はこれは北極星を回転させる装置ではないかと思います。

すべての星は北極星を中心にして左回りに回りますね。
ですが、さきほども述べたように、星座が天球にはりついているものとし、天球の上から星座を眺めると右回りになります。

そして「吾唯足知」と読むためには、蹲に刻まれた文字を右回りに読みます。
つまり、参拝者が蹲を見て「吾、唯足るを知る」と読むたびに、蹲の回転のパワーが作動するということなのではないでしょうか?

北斗七星 カシオペア座

龍安寺 西源院 
龍安寺の石庭や蹲は哲学とはあんまり関係ないのかも。

龍安寺 納骨堂 

 

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[2018/01/18 12:17] 京都府 | トラックバック(-) | コメント(-)