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友呂岐神社 消防車のお祓い 『車のお祓いのルーツは平将門討伐だった?』 


 大阪府寝屋川市 友呂岐神社 成田山不動尊

 
友呂岐神社 消防車 お祓い

①消防車のお祓い


友呂岐神社のお弓行事があった日(友呂岐神社 お弓行事 『絶命した鹿は仁徳天皇の比喩だった?』 )、
お弓行事が始まる(13:00)少し前に友呂岐神社に到着すると
寝屋川市消防団の方々が消防車のお祓いに来られていました。

この日、寝屋川市・枚方市合同の出初式が10時ごろより淀川河川公園であったようなので、
その出初式の帰りに友呂岐神社で消防車のお祓いをしたのかな、と思います。

消防車2

消防車ってパーツもかっこいいんですよね~❤

②大阪成田山不動尊で初めて車のお祓いが行われた。

今ではどこの神社でも車のお祓いをやっていますが、車のお祓いを初めて行ったのはどこなのでしょうか?
それは大阪成田山不動尊だそうです。

大阪の成田山不動尊は寝屋川市にありまして、友呂岐神社のすぐ近くです。
お弓行事が行われる弓場近くでは頻繁にほら貝の音が聞こえていましたが、それは成田山不動尊にやってきていた修験者が吹いていたのでしょう♪

消防車 

成田山不動尊のhpにはこう記されています。

 成田山不動尊(以下:当山)は、日本で初めて人車一体の交通安全を祈念したお寺です。
院内には本堂の他、一度に100台の車両を収容可能な交通安全祈願専用の祈祷殿もあり、お車とご乗車される皆様の安全を、日々お祈りいたしております。


当山の交通安全は、とある信者様へのご祈祷が始まりであったとされています。
香里の街に残された深い傷も癒えぬ終戦の直後、原子爆弾投下があった広島へと疎開したご子息の為、安否確認に現地へと旅立たれるご両親が、道中の車の安全(故障等の災難厄除)を希望された事が、当山での最初の祈祷であったと伝えられています。当時の自動車は故障するのが常で、道中を事故無く辿り着く事が、ドライバーの切なる願いでした。
以後、たくさんの皆様にもご祈祷をご希望いただいたのを受け、昭和24年には自動車交通安全祈願専用の仮堂を設置。交通事故が増加した時代背景も相成り、車両と皆様の道中の安全を災難厄除も兼ねて祈祷させていただくようになりました。

 さらには、皆様の多くのご要望により、本格的な祈祷殿が建立。
以来、数多くのドライバーの皆様に愛され、「交通安全は成田山不動尊へ」と言われるまでに発展し、年間20万台ものお車を祈祷させていただくまでになりました。」


http://www.osaka-naritasan.or.jp/pray/omamori1/ より引用

友呂岐神社 消防車

③平将門の乱を平定した不動尊

成田山不動尊は千葉県にある成田山新勝寺の別院として、昭和9年(1934年)に創建されました。
しかしこの地と成田山新勝寺の関係は古かったそうで、939年にまでさかのぼります。
このとき、関東で平将門の乱がおこりました。
寛朝(かんちょう)大僧正はこれを平定するため、空海によって開眼された不動明王を持って海路で大阪から関東へ向かいました。
関東に到着した寛朝大僧正は、不動明王に祈願して護摩法を行いました。
この霊験によって平将門の乱は平定されたというのです。

実際には、朝廷は将門の乱平定のため、藤原秀郷と平貞盛らを関東に派遣し、戦闘の中、将門は流れ矢にあたって死亡しています。
その一方で僧侶による戦勝祈願もかかせないものだと考えられていたのでしょう。

その後、この不動明王は平将門の乱平定に功績があったとして、成田山新勝寺が創建され、寛朝大僧正が開山となりました。

成田山不動尊 門 
成田山不動尊

④馬の暴走を止めた不動尊

平将門の子孫の相馬氏は繋ぎ馬の紋を用いていました。

CrestOfSoumaClan

https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3ACrestOfSoumaClan.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/8b/CrestOfSoumaClan.jpg よりお借りしました。
作者 正親町三条 (投稿者自身による作品) [CC BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)], ウィキメディア・コモンズ経由で

関西では平将門は朝廷に逆らい「新皇」を名乗った逆賊だととらえるむきが強いですが(私は将門ファンですが~)
関東では平将門は英雄視されているそうですね。

なんでも、平安京の貴族たちが安逸をむさぼっているために将門が乱を計画し、天もこれを認めて黒馬を将門に与えたという伝説が伝えられているそうです。
ところがこの馬は将門しか乗りこなすことができないので、繋いであるというのです。

成田山不動尊 祈祷殿 
成田山不動尊

また「じゃじゃ馬に 常陸の伯父御 くいつかれ 」という川柳があります。
じゃじゃ馬とは平将門、常陸の伯父御とは将門の 伯父の平国香のことです。
このように将門自身が馬に喩えられることも多かったようです。

古には馬は軍事用の乗り物として重要なものでした。
そして平将門は馬に喩えられることが多く、成田山新勝寺の不動明王は平将門の乱を平定しています。

馬の暴走が止められるなら、車の暴走もおさえられるんじゃないか?
そういうわけで成田不動尊は交通安全の神として信仰されたんだったりして?

成田山不動尊と自動車 
成田山不動尊


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[2018/01/10 16:03] 大阪の祭 | トラックバック(-) | コメント(-)