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枚方寝屋川合同消防出初式 放水など 『消防の放水の歴史』 


淀川河川公園にて



出初式 一斉放水

出初式のクライマックスは一斉放水!
すごい勢いでどんどん放水し、水しぶきで空が白く煙ります。

でも当然ですが、昔からこんな風に消火活動できたわけじゃないんですよね。

出初式 放水体験

①龍吐水


↓ は奈良県天理市の石上神宮で撮影した龍吐水です。
永久寺と書いてありますね。

龍吐水

かつて石上神宮の近くに内山永久寺というお寺がありました。
豪華な装飾を施した堂坊があって「大和の日光」と呼ばれていたそうです。
ところが明治9(1877)年に寺は壊され、現在は礎石も残されていないということです。
この龍吐水は内山永久寺にあったものを、石上神社で保管しているのかもしれませんね。

ちょうどこのころ、廃仏毀釈で寺院や仏像が壊されていますから、内山永久寺も廃仏毀釈で壊されたのでしょうか。

ときどき「日本は宗教に寛容で、どんな宗教でも受け入れた。」なんてことを言う人がいますが、それはまちがいです。
廃仏毀釈とは「教寺院・仏像・経巻(経文の巻物)を破毀(破棄)し、仏教を廃する」ことをさし、日本では明治維新のころにこうしたことが盛んに行われました。

現在の日本人はおおむね宗教に寛容ですが、過去の日本はそうではなかったのです。

廃仏毀釈がおきた背景には1868年の「神仏分離令」、1870年の「大教宣布」があります。
「大教宣布」大教宣布」は天皇を神とし、神道を国教と定めるものです。

それまでの日本では神仏は習合して信仰してきたのですが、それを否定し、寺院や仏像を壊すことによって、先祖がつくりあげてきた文化を破壊する行為であった、といえるのではないでしょうか。

おっと、話しがそれました。龍吐水の話でしたねw

龍吐水は江戸時代から明治時代にかけてと用いられていた消火道具です。
木箱の中に桶などで水を組み入れ、箱の上についている長い棒を上下させると放水筒が水を吸い込んで噴き上げるしくみになっていました。


竜吐水



これは昭和期に使われていたものですね。
桶などに差し入れ、上部のレバーを引き上げると水を吸い上げる仕組みになっているんだと思います。

でも見るからに威力弱そうです~。

②バケツリレー

戦時中を舞台としたテレビドラマなどで、よくバケツリレーのシーンを見かけます。
バケツリレーとは人々が縦に並び、人から人へ、バケツを手渡して火元まで水の入ったバケツを運ぶことをいいます。

【TBSスパークル】1938年9月16日【太平洋戦争】銀座の防空演習(昭和13年)


上の動画でも言っていますが、焼夷弾による火災の消火を目的として、こうした訓練が行われていたんですね。

井戸からポンプをくみあげ、バケツリレーで水を運んでいますが、これも効率が悪そうですね~。

③戦後の1950年の上水道普及率はわずか26.2%

水道の蛇口にホースをつないで水をかければいいのに、と思うかもしれませんね。
第二次世界大戦は1939年から1945年にかけての戦争ですから、今(2020年)から80年から75年前のことです。
そんなに昔のことではありませんが、当時、水道が普及していなかったんですね。

日本の近代水道は、1887年(明治20年)10月17日に通水した横浜市の水道に始まります。

その後、全国各地に近代式水道が布設されていきますが、明治の末期で全国で23水道、普及率8.4%。
1925年(大正14年)で106水道、普及率20.7%です。
(ソースはこちら→
http://www.city.toyohashi.lg.jp/3984.htm

https://news.yahoo.co.jp/byline/fuwaraizo/20190524-00125728/
また、上記サイトに上水道普及率のグラフが掲載されています。

これによると戦後の1950年の上水道普及率はわずか26.2%にすぎません。

戦時中はまだ近代水道が普及しておらず、蛇口をひねったら水が出るという状態ではなかったのでしょう。

出初式 放水 
④1903年、消防用ホースが製造される。

ホースは400年ほど前にドイツにおいてはじめて用いられたとされますが、日本で最初に作られたのは1886年(明治19年)で、神戸の土谷護膜製造所が製造したゴム製のホースだそうです。。

消防用ホースは1903年(明治36年)に日本製麻大阪工場(現帝国繊維)で製造されました。

ドイツで作られていた初期の消防用ホースは、鞣革(なめしがわ/薬品などを用いて柔らかくした皮)を縫い合わせてリベット止めをしたものだったそうです。
リベットとは金属製の釘のような形をした部品で、穴に差し込んで専用工具でかしめ、反対側の端部を塑性変形させて接合させます。
鋲のある長い筒みたいなものんだったのでしょうか。

しかし皮ホースは重くて硬いので、苧麻(ちょま)、亜麻(あま)などの麻織物にかわります。
その後、ゴム製のホースが登場しますが、消防用のホースは現在も織物です。

内側にゴムコーティングを施してあるそうです。
水を通さないときは平たく潰れるので、収納スペースをとりませんね。

大阪市消防出初式

これは大阪市消防出初式で撮影したものです。

 消防車の登場

1911年、大阪市がドイツからベンツ社製の消防ポンプ車を輸入。
1914年には横浜市がイギリス・メリーウェザー社より、名古屋市がベンツ社製の物を購入しています。
1917年には東京市はアメリカン・ラフランス社から消防ポンプ車を購入しました。
日本製消防ポンプ車の製作は1939年以降ということです。

1939年はちょうど太平洋戦争がはじまるころですね。

ですが数は足りていなかったでしょうし、戦争中なのでみんなで力をあわせようということでバケツリレーの訓練なども行ったのでしょう。

しかし、空襲に対してバケツリレーはあまりに防御力がなく、日本の多くの都市が焼け野原になりました。

消防車

救急車 消防車


乾燥するシーズンになりますので、火の要鎮をこころがけましょうー。

ヘリコプター

大阪市消防局のヘリコプターがメッセージをもってやってきました。
小さくてわかりにくいかもしれませんが、手にメッセージの入った筒をもっています。



出初式 行進2 
出初式 行進 



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[2020/01/21 10:30] 大阪の祭 | TB(0) | CM(0)