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阪急電車 十三付近 『十三という地名は13番目の月の神からくる?』 


大阪市 阪急十三駅付近

阪急電車 十三大橋2

撮り初めは撮り鉄でw
  
①「十三という地名の由来


十三(じゅうそう)駅前商店街を抜けたところに神津神社があるのですが、その神津神社のHPに十三(じゅうそう)という地名の由来についての詳しい説明がありました。
http://kamitsujinja.ec-net.jp/jusonoyurai.html

①十三の渡しが淀川の上流から数えて十三番目だった。

②中津の南浜に住む重蔵という長者が加島へ遊びにいくとき、十三の渡しに舟をつないでいたため

③戦国時代の武将が戦死すると一族郎党妻子すべてが死に、それを憐れんで人々が十三塚を作った。(柳田国男氏)

④条里制の十三条(天坊幸彦氏)

⑤十三は堤(つつみ)の意味(池田末則氏)

⑥中津の富島という地名からくる。


十三渡し跡

このうち、②の重蔵という長者からくるという説については、こちらの記事でかきました。

なにわ淀川花火大会  『十三と近藤重蔵』 
重蔵神社 夏祭 『重蔵神社はトミヒコ神社?』 
神津神社 十三戎(とみえびす) 『トミヒコと土左衛門と戎の関係』 

石川県に重蔵神社という神社があるのにはびっくりです。
重蔵とは十三のあて字であり、十三はトミヒコ(ナガスネヒコの別名)やドザエモン(土佐衛門)の事だと思います!

神津神社 
神津神社

②13時は『頭のおかしい人間』


今日は十三について、重蔵=トミヒコ=ドザエモンとは別の仮説についてお話ししたいと思います。

随分以前ですが、ネットでこんな内容の記事を読みました。
アドレスをメモっておかなかったので、いま探してもみつかりません。(すいません!)

東京スカイツリーの高さが634mなのは、は武蔵(ムサシ)という地名の語呂合わせである。
中国でも同様の語呂合わせが行われている。
『8』が縁起がいいとされるのは、広東語で『発財(儲かりまっか」)』の『発』の発音に近いから。
『4』は『死』に通じるので縁起が悪い
『54』は『我死(私は死ぬ)』に通じるのでやはり縁起が悪い。
『250』は『間抜け』に通じるので料金設定に250は用いない。
上海では『13点』といえば『13時』という意味だが、時計の表示は12時までしかない。
そのためで『13時』は『頭のおかしい人間』をさす。

阪急電車 十三大橋3

③欧米で忌まれている13という数字


欧米では13という数字は大変忌まれている数字です。
なぜ欧米で13が忌まれるのかというと、イエス・キリストが磔刑になったのが13日の金曜日だったからだとも言われています。
しかし、共観福音書では 15 日、ヨハネによる福音書では 14 日となっていて実際には13日ではないとされます。

他には次のような説があります。

①キリストの最後の晩餐に 13 人の人がいたため。
②北欧神話の、12 人の神が祝宴をしていた時、13 人目の招かれざる客・ロキがやってきてバルドルを殺したという伝説からくる。
③キリスト教から追放された魔女・フリッグが 11 人の魔女と悪魔を招いて毎週金曜日に悪事を企んでいた。
④フィリップ 4 世がテンプル騎士団のメンバーを一斉に逮捕したのが、1307年10月13日の金曜日だった。


十三大橋北詰 地蔵 
十三橋北詰 交通安全地蔵尊

④十三詣

日本では13日は虚空蔵菩薩の縁日とされており、関西では4月13日に13歳になった子供が虚空蔵菩薩を参拝する『十三詣』が行われています。

十三詣のルーツは京都の法輪寺だと思いますが、法輪寺の前には桂川が流れていて渡月橋という橋がかけられています。
法輪寺で十三詣をした子供は橋を渡りきるまで法輪寺を振り返ってみてはいけないと言われています。
この言い伝えは、黄泉の国へイザナミを迎えにいったイザナギの話を思い出させますね。

イザナギはイ死んだイザナミを迎えに、黄泉の国へ行き、イザナミににもとの世界へ帰ろうと言った。
イザナミは黄泉の大王に相談するので、しばらく待っているように、またその間決して振り返って私を見ないでくださいとイザナギに言った。
ところがイザナギは我慢できなくなって振り返ってイザナミの姿を見てしまう。
イザナミの体は腐り、蛆がわいていた。
それを見たイザナギは恐ろしくなって逃げ帰り、姿を見られたイザナミは怒ってイザナギを追いかけた。
イザナギはイザナミに桃の実をなげつけるなどして、なんとかもとの世界に帰ってこれた。


つまり、法輪寺は黄泉の国、地獄で、渡月橋の下を流れる桂川は三途の川のイメージなのだと思います。

渡月橋より法輪寺を望む 

渡月橋より法輪寺を望む

⑤大国主は根の国を振り返らずこの世へ戻った?


また、大国主が根の国(黄泉の国と同一のものだと考えられている)を訪れるという話があります。

大国主が根の国を訪れ、根の国の大王・スサノオに様々な試練を与えられる。
しかし最終的には大国主はスサノオの太刀と弓矢を手に入れ、スサノオの娘・スセリヒメを連れて根の国を逃げ出した。
スサノオは逃げる大国主に「お前が持つ大刀と弓矢で従わない八十神を追い払え。そしてお前が大国主、また宇都志国玉神(ウツシクニタマ)になって、スセリビメを妻として立派な宮殿を建てて住め。この野郎め」と言った。

おそらくスサノオは根の国をふりかえらずにこの世へ戻ってきたのでしょう。
それでスサノオは太刀と弓矢を手に入れたばかりか、スサノオから知恵も授かったのだと考えられますね。

法輪寺の十三詣はこれを再現した行事なのではないでしょうか。
法輪寺が黄泉の国=根の国だとしたら、やはり十三詣をする13日は忌むべき日だといえるのではないでしょうか。
13日が忌むべき日だからこそ、参拝する習慣が生じたとも考えられます。

とすれば13を忌むべき数字だとするのは世界共通だということになるかもしれませんね。

淀川 ヘリコプター

⑥イエスの12人の弟子は12か月を表している?

キリストは太陽を比喩したものだとする説があります。
キリストの誕生日が12月25日とされているのは、ミトラ教の冬至祭に便乗したものだとされます。
冬至とは太陽の南中高度が最も低くなる日のことです。

ここからキリストは太陽、磔刑に用いられた十字架は南十字星を、キリストが死後3日後に復活したとされるのは冬至に南中高度が最も低くなった太陽がその3日後から再び南中高度をあげていくことを意味しているとする説がありますよ。

ということは最後の晩餐に登場するイエスの12人の弟子は1月から12月までの月を表しているのではないかと思ったりします。

十三大橋下の通路(中津側) 
十三大橋下のトンネル状の通路に夕照がさしこんだ!

⑦イエスの弟子は13人いる?

ところが!
ダビンチの最後の晩餐の素描にはイエスを除いて、なんと13人の人物が描かれていて一人多いのです!

死後3日目に復活したとされるイエス・キリストは双子であったという説があります。
その説によると、キリストには双子の弟があり、十字架にかけられたのは弟のほうだったというのです。

磔になったイエスは死ぬ直前、『エリ、エリ、レマ、サバクタニ』とに叫びました。
『エリ、エリ、レマ、サバクタニ』は、『わが神、わが神。どうしてしをお見捨てになったのですか』と訳されています。
エリとはヘブル語で『高い』『より上にある』の意で、そこから神をさすと解釈されたようですが
『高い』『より上にある』とは『兄』のことではないか、イエスのかわりに磔になったイスキリが『兄さん、兄さん、どうして私を見捨てるのか』と言ったのではないか、というのです。

12使徒については次のようになっています。

マルコマタイルカ使徒言行録ヨハネ
シモン・ペトロ(B1)シモン・ペトロ(B1)シモン・ペトロ(B1)ペトロヨハネの子シモン・ペトロ(B1)
ゼベダイの子ヤコブ(B2)ゼベダイの子ヤコブ(B2)ゼベダイの子ヤコブヤコブ(B2)ゼベダイの子たち(!)(?)
ヨハネ(B2)ヨハネ(B2)ヨハネヨハネ(B2)イエスに愛された弟子(?)
アンデレ(B1)アンデレ(B1)アンデレ(B1)(!)アンデレ(!)アンデレ(B1)
フィリポ(!)フィリポ(!)フィリポ(!)フィリポ(?)フィリポ
バルトロマイ(!)バルトロマイ(!)バルトロマイ(!)バルトロマイ(!) 
    ナタナエル
マタイ(!)徴税人マタイマタイ(!)マタイ(!) 
トマス(!)トマス(!)トマス(!)トマス(!)ディディモ・トマス
アルファイの子ヤコブ(!)アルファイの子ヤコブ(!)アルファイの子ヤコブ(!)アルファイの子ヤコブ(!) 
タダイ(!)タダイ(!)   
  ヤコブの子ユダ(!)ヤコブの子ユダ(!)(イスカリオテでない)ユダ
熱心者のシモン(!)熱心者のシモン(!)熱心党員と呼ばれたシモン(!)熱心党のシモン(!) 
イスカリオテのユダイスカリオテのユダイスカリオテのユダ イスカリオテのシモンの子ユダ
   マティア 

注:

(B) は兄弟関係を表す。
  • (!)は、ただ1回のみの言及。
  • (?) は、他の文書内の使徒と同一人物であるかわからないもの。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%BF%E5%BE%92#十二使徒 より引用

イエスの十二使徒は文献によって微妙に違っているようです。
そして十二使徒のひとりにトマスという人物がいますが、トマスとはアラム語で双子という意味です。
教会非公認の外伝といわれる福音書には「トマスはイエスの双子」と記されているそうです。

もともとイエスの使徒は12人ではなく13人であったのではないでしょうか。
つまり、1年12か月のところ、そこからはみでた13番目の月を擬人化した使徒がいた。
そしてそれがイエスの双子のトマスだったということなのでは?

イエスの十二使徒が文献によって異なっているのは、13人のところを無理やり12人に収めようとしたところからはみだしてしまった人物が生じたからではないでしょうか?

 阪急電車 十三大橋4

⑧記紀は聖書に似ている。

飛鳥昭雄さんによると、記紀神話と聖書の記述がそっくりのところがあるそうです。

聖書1日目/ 神は光と闇を分け光を昼、闇を夜と呼んだ。
古事記神世第1代/天之御中柱主神
※キリスト教の三位一体説は『生命の樹』で説明される。
生命の樹は三本の柱からなるとされ、中央が最も高くなり、左右に同じ高さの柱がある。
中央を「均衡の柱」左を「慈悲の柱」右を「峻厳の柱」と言う。
神を柱と表現するのはキリスト教も日本神道も同じ。(左右は均衡の柱からみて)
「天之御中柱主神」というのは生命の樹の均衡の柱を意味するのではないか。

聖書2日目/神は大空を作り大空の下と大空の上に水を分けた。
古事記神世第2代/豊雲野神 ※豊かな雲は大空の上を、野は大空の下に対応する。

聖書3日目/神は地と海を作った。
古事記神世第3代/宇比地邇神・妹須比智邇神
※宇比地は泥土で海、須比智は砂土で地に対応する。

聖書4日目/神は太陽に昼を治めさせ月に夜を治めさせた。
古事記神世第4代/角杙神・妹活杙神
※ヘブライ語で角・光るは同様に『krn』と記す。このため古代よりしばしば混同され、ミケランジェロがモーゼの像に角をつけてしまったという例もある。
杙は牛や馬を繋ぎとめておくためのもの。
つまり角杙神は光りながら地球のまわりを回る神(太陽)。
妹活杙神は満ち欠けしながら(活)地球の周りをまわる女(妹)神。

聖書5日目/神は水中生物・鳥を造り、祝福して言った。生めよ、増えよ。
古事記/神世第5代/意富斗能地神・妹大斗乃弁神
※意富斗・大斗は世界。地は男性・弁は女性の意。つまり「男の世界」「女の世界」。

聖書/6日目/神は獣と人間を造った。造ったものを見て満足した。
古事記/神世第6代/於母陀流神・妹阿夜訶志古泥神
※日本書紀では面足尊。地の面が完成したこと。あやに畏しは賞賛を意味する。つまりすべて完成し、あやに畏しと神が満足したのである。 

キリスト教は1549年フランシスコ・ザビエルによってもたらされたとされますが、5世紀ごろ日本にやってきた渡来人の秦氏がもたらしたんじゃないかという説がありますよ。
秦氏は朝鮮からやってきたと記紀には記述がある。
しかし、秦氏の首長に弓月君という人物がおり、秦氏のもともとの故郷は中央アジアにあった弓月王国というキリスト教国ではないかとも言われています。

秦氏の氏寺の広隆寺は太秦寺ともいいますが、大秦寺とは中国におけるネストリウス派キリスト教(景教)の教会のことです。
太秦と大秦は、点があるかないかの違いしかありません。

石切神社 
石切神社

⑨「虚空見つ日本の国」と発言したニギハヤヒは虚空蔵菩薩のイメージと重ねられた?

13日を縁日とする虚空蔵菩薩はイエスの身代わりになって死んだイエスの双子の弟とイメージが重ねられているのではないでしょうか。。

ニギハヤヒは天磐船を操って大和に天下り、『虚空見つ日本の国』と言っています。
ニギハヤヒは物部氏の祖神で、初代神武は日向から東征するとき「東にはニギハヤヒがすでに天の磐船を操って天下っている」と発言しています。
ここから神武以前に物部王朝があったという説があります。
ニギハヤヒは太陽神の地位を神武に譲った神だと言えると思いますが、ニギハヤヒと虚空蔵菩薩はイメージが重ねられているのではないでしょうか。

すなわち、虚空蔵菩薩=ニギハヤヒは1年の中で存在しない13ヶ月目の神ということなのではないでしょうか?

ニギハヤヒを祀る神社に石切神社がありますが、青森県戸来村にはイエスの弟・イスキリがイエスの身代わりになって磔になったと伝わっています。

なぜトマスではなく、イスキリという名前になっているのでしょうか?
石切を東北の人が発音するとイスキリとなりそうです。
ニギハヤヒ=石切さんはイエスの双子の弟ということで、イスキリとなったんだったりして?

石切劔箭神社 お百度まいりなど 『キリストの弟・イスキリは石切さんだった?』※書き直しました 

そして十三という地名は、イスキリ=石切さん=ニギハヤヒが十三番目の月野神であるところからくるのかもしれません。

十三=トミ=トミヒコ=ナガスネヒコ(トミヒコはナガスネヒコの別名)であるとも考えられますが
ナガスネヒコはニギハヤヒを神と奉じており、関係が深いです。


阪急電車 十三大橋


  
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[2020/01/05 11:57] 大阪府 | TB(0) | CM(0)

湯浅の街並みと山田川 『阿漕の正体はサルタヒコ?』 


和歌山県湯浅町

湯浅 山田川 

①湯浅のシロウオ漁

湯浅の土産物屋さんにシロウオ漁のミニチュアが置いてあったので、お願いして写真を撮らせてもらいました。

湯浅シロウオとり ミニチュア 

2月中旬から3月下旬にかけてシロウオが遡上してきます。
これを四つ手網でとらえるという伝統漁法です。

https://wakayama.keizai.biz/headline/1068/
↑ こちらにシロウオ漁の写真が掲載されています。
あー、実物を見てみたい!

②阿漕が浦

この四手網は引き網の一種だといえると思いますが、引き網を詠ったにこんな歌がありますよ。

逢う事も 阿漕が浦に 引く網も 度重ならば 顕れやせん/古今和歌六帖
(愛しい人と会うことも、禁漁となっている阿漕が浦で網を引くことも、度重なれば必ずばれるであろう。)

伊勢の海 阿漕が浦に 引く網も たびかさなれば 人もこそ知れ/源平盛衰記
(禁漁となっている伊勢の阿漕が浦で網を引いて漁をすることが度重なれば必ず人にばれるであろう。)







三重県津市柳山津興622に阿漕塚があるみたいですね。
このあたりは古には伊勢神宮の神饌をとるための漁場のため、禁漁とされていました。

しかし、密漁を行う漁夫がおり、何度も密漁を行ったため、漁夫は捉えられてしまったというのですね。

湯浅-河豚提灯 

③能・阿漕

これらの歌をベースとして、昔話や能などが創作されています。

能の阿漕はこんな話です。

日向の男が伊勢参りの途中、伊勢の阿漕浦にやってきました。
そこへ年老いた漁師が現れて殺生の仕事を嘆いています。
男はここが阿漕という地名であることを聞き、「ここが「伊勢の海 阿漕が浦に 引く網も 度重なれば 顕れにけり」の歌の舞台なのだなあ」と感慨にふけります。
すると漁師は六帖の歌にある「逢う事も 阿漕が浦に 引く網も 度重ならば 顕れやせん」と別の古歌を詠じます。
男は漁師に歌のいわれを訊ねると、漁師は次の様に答えました。
「この浦は伊勢神宮に奉納する魚をとるための場所で、禁漁とされている。
しかし阿漕という海士が夜な夜な密漁をし、度重なった結果人に知られるところとなり、捕らえられ海に沈められた。
男は今も冥土で責め苦に苦しんでいる。
その阿漕とは私のことである。」


湯浅の商家 
④サルタヒコ=ニギハヤヒ=天照大神?

阿漕という海士とはサルタヒコのことだと思います。

ニニギはサルタヒコに道案内されて葦原中国の日向の宮へと天下りました。
その後、ニニギは天鈿女に『猿田彦を彼の故郷の伊勢へと送り届け、猿田彦の名前を伝えて仕え祭れ』と命じました。
ここから天鈿女は猿女君と呼ばれるようになりました。
のちに猿田彦は伊勢の阿邪訶(あざか。現松阪市))の海で漁をしていた時、比良夫貝(ひらふがい)に手を挟まれて溺れ死にました。(古事記)

この神話について、私は次のように解釈しています。
猿田彦猿田彦は「高天原(天)から葦原中国(国)でを照らす神」と記述がある。
これにぴったりな神名を持つ神がいる。
天照国照彦火明櫛甕玉饒速日命
(あまてるくにてる ひこ あめのほあかりくしみかたま にぎはやひ の みこと/ニギハヤヒ)である。
猿田彦とニギハヤヒは同一神ではないか。)
また、女神のストリップダンスに興味を持つのは男神だ、よって女神・天鈿女のストリップダンスに興味を持って岩戸を出てきた天照大神は男神だとする説がある。
天照大神を男神として祀っているところもある。
ニギハヤヒ(=猿田彦)が本当の天照大神ではないかとする説もある。
猿田彦の故郷は伊勢伊勢には天照大神を祀る伊勢神宮があり、1の説を裏付けとなる。
猿田彦の名前を伝えて仕え祭れニニギは天鈿女に「性的に猿田彦につかえよ」と命じたのではないか。
猿田彦は比良夫貝に手を挟まれて溺れ死んだ貝は女性器の比喩で、猿田彦は天鈿女のセックスに溺れて死んだということではないか。

湯浅 民家と山茶花 

4に書いたように、貝は女性器の比喩で、猿田彦は天鈿女のセックスに溺れて死んだということではないかと思われます。

また1に書いたように猿田彦神は「高天原から葦原中国まで照らす神」と記されていますが、これにぴったりの神名を持つ神がいます。
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてるくにてるひこあまのほのあかりくしたまにぎはやひのみこと)=ニギハヤヒです。

天照大神は女神であるアメノウズメのストリップダンスに興味を持ってでてきたともよめますね。
女神のストリップに興味を持つのは男神だ。よって天照大神は男神であるとする説があります。

また各地の神社などに天照大神は男神と伝わっています。
祇園祭岩戸山のご神体の天照大神も男神でした。

岩戸山ご神体 天照大神

⑤天照大神は男女双体の神?

しかし私は天照大神は歓喜天のように男女双体の神ではないかと思ったりします。

すなわち、天照大神とは猿田彦神とアメノウズメの男女双体の神ではないかということです。
ちなみに道祖神は猿田彦神とアメノウズメの男女双体の神だといわれています。
道祖神の正体は男女双体の神・天照大神ではないかと思います。

多気山不動尊 道祖神 

多気山不動尊 道祖神

禁漁とは、単に漁を禁じているということではなく、男女関係を禁じることを比喩的に表現したものでしょう。

サルタヒコはアメノウズメとエッチしてしまったので罰を受けているのではないでしょうか。
そしてそれが阿漕の正体ではないかと思うのです。

湯浅の民家2 

⑥男女和合は怨霊鎮めの呪術?

神はその表れ方によって御霊・和魂・荒魂の3つに分けられるといわれます。
御霊は神の本質、和魂は神の和やかな側面、荒魂は神の荒々しい側面です。
和魂は人々にご利益を与える神、荒魂は怨霊でしょう。

怨霊とは政治的陰謀によって不幸な死を迎えた者のことで
そして男神は荒魂、女神は和魂とする説があります。
猿田彦=ニギハヤヒで政権を奪われた神だと考えられるので荒魂(怨霊)だと考えられます。

荒魂である男神を、和魂である女神と和合させるのは、荒魂(怨霊)を鎮め御霊とするための呪術だと思います。

猿田彦も荒魂(怨霊)なので、和魂であるアメノウズメと和合させて伊勢神宮に祀ったのが天照大神の正体ではないでしょうか。

湯浅 仙光寺 

⑦『天照大神=男女双体』から『天照大神=女神』へ。

しかし、アメノウズメに「猿田彦の名前を伝えて祭れ(性的に奉仕せよという意味?)」と命じたのはニニギです。
それなのに、なんで猿田彦はエッチしたからといって罰を受けているんだ?
とつっこまれそうですね。

もともとの意味は先にのべたとおりですが、しだいに天照大神は女神であるとする考え方ができて定着し、天照大神とエッチするなどけしからん、ということになったのではないかと思ったりします。

また、記紀神話には同複の兄妹または姉弟で結婚した神が登場します。

イザナギ&イザナミ、天照大神&スサノオ、アシナヅチ&テナヅチなどです。

しかし、後に同複兄妹または姉弟の結婚を禁忌とする考物語が登場します。

木梨軽皇子と衣通姫の話がそれです。
そういう道徳観が生じたため、猿田彦=阿漕が罰をうけていると考えられるようになったのかもしれません。

湯浅 井戸

湯浅 白壁倉庫 
湯浅 民家 
湯浅 

湯浅の民家 

湯浅 自転車 



  
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[2020/01/03 15:59] 和歌山 | TB(0) | CM(0)

京都の伝統行事②  


あけましておめでとうございます。
みんなでよい年にしていきましょう!

2回にわけて京都の伝統行事の写真をまとめておきます。
1回目はこちら。京都の伝統行事①  

お出かけになるときは、日時などご確認ください。(変更になることがあるので)
毎年日程が異なる行事は日程を省きました。


【7月】


白峯神宮 精大名神祭 7月7日
白峯神宮 蹴鞠2

白峯神宮 小町踊2


下鴨神社 御手洗祭 
下鴨神社 みたらし祭

下鴨神社 みたらし祭 足形

八坂神社 石見神楽奉納 7月16日
八坂神社 石見神楽 天神-3

八坂神社 石見神楽 火を噴く大蛇2

祇園祭宵山 7月14日~16日
祇園祭 宵山 長刀鉾

祇園祭 宵山2
祇園祭 山鉾巡行 7月17日
長刀鉾 生き稚児

祇園祭 山鉾巡行 船鉾

祇園祭 山鉾巡行 綾傘鉾

祇園祭 後祭 宵山 7月21日~23日
祇園祭 宵山 北観音山

八坂神社 花笠巡行 7月24日
祇園祭 花笠巡行 鷺踊

祇園祭 花笠巡行 幌武者

狸谷山不動院 狸谷山火渡り祭 7月28日 
狸谷山不動院 火渡り2

伏見酒蔵通り 灯ろうライトアップ
伏見酒蔵 ライトアップ3


【8月】
東山区祇園、宮川町付近  八朔・・・8月1日 
祇園白川 八朔3

下鴨神社 矢取神事 立秋の前日 
下鴨神社 矢取神事3

西福寺 地獄絵公開・・・8月7日~8月10日(確認をお願いします。)

西福寺

西福寺 地獄絵

六波羅蜜寺 萬燈会 
六波羅蜜寺 萬燈会

六道珍皇寺 迎鐘
六道珍皇寺 迎鐘

宮津燈籠流し花火大会 8月16日
宮津 燈籠流し花火大会 燃える精霊船

宮津 燈籠流し花火大会 花火2

8月16日 五山送り火 
五山送り火 左大文字

五山送り火 舟形

五山送り火 鳥居型3

真如堂 送り火のゆうべ
真如堂 灯ろう供養会

涌泉寺 松ヶ崎題目踊り 8月15日 16日
涌泉寺 題目踊

壬生寺 中堂寺六斎奉納 8月16日
名称未設定_パノラマ1

中堂寺六斎 棒振り

花背 松上げ

広河原 松上げ 8月24日

広河原 松上げ-着火

広河原 松上げ-倒れる松明
小塩の上げ松・・・8月23日に近い土曜日
小塩の上げ松 
雲ヶ畑 松上げ 8月24日
雲ヶ畑 出谷町 松上げ3

雲ヶ畑 中畑町 松上げ

 
吉祥院天満宮 吉祥院六斎奉納 8月25日
吉祥院天満宮 吉祥院六斎-おかめ ひょっとこ

吉祥院天満宮 獅子
蔵王堂光福寺 八朔祭 8月31日
蔵王堂光福寺 祇園囃子

蔵王堂光福寺 獅子

梅宮大社 嵯峨天皇祭 8月最後の日曜日

梅津六斎 越後さらし

梅津六斎 祇園囃子 おかめ

【9月】

清水寺 青龍会
清水寺 青龍会2

松尾大社 八朔祭 9月の第一日曜日 
松尾大社 八朔祭 赤ちゃん土俵入り

松尾大社 八朔祭 御霊太鼓

松尾大社 八朔祭 四つ太鼓

江文神社  八朔踊 
江文神社 八朔踊

下鴨神社 名月管弦祭 中秋の日
下鴨神社 名月管絃祭 白拍子

大覚寺 観月の夕べ 中秋を含む3日間
大覚寺 観月の夕べ

皇大神社・豊受大神社  元伊勢八朔祭 9月第一日曜日
大皇神社 元伊勢八朔祭 大名行列

皇大神社 元伊勢八朔祭

大皇神社 元伊勢八朔祭2

上賀茂神社 烏相撲・・・9月9日 
上賀茂神社 烏相撲 
※上賀茂神社の烏相撲の写真をとるのはokなんですが、子供相撲の写真をインターネットにあげるのは禁止とのことでした。
そこで無謀にも自分でイラストを描いて風景と合成してみたんですが、笑えるほどへたくそな絵ですね~。
見苦しくてすいません!

上賀茂神社 烏相撲 斎王代 

法輪寺 重陽神事 9月9日
法輪寺 重陽神事2

大原野神社 御田刈祭 9月9日
大原野神社 御田刈祭2

大原野神社 赤ちゃん土俵入り4

車折神社 重陽祭 9月9日
車折神社 重陽祭 舞人2

晴明神社 晴明祭 秋分の日
晴明神社 清明祭 維新鼓笛隊


【10月】

北野天満宮 ずいき祭 10月4日
北野天満宮 ずいき神輿

北野天満宮 瑞饋祭 獅子と舞妓さん

御香宮神社 神幸祭
御香宮 神幸祭 花笠5

三栖神社 炬火祭
三栖神社 炬火祭 大松明
 

粟田神社 粟田祭 神幸祭 体育の日
粟田神社 神輿3

粟田神社 鉾さし

六孫王神社 宝永祭
六孫王神社 行列

山国神社  還幸祭 10月第2日曜日
山国神社 山国隊鼓笛行進

上賀茂神社 笠懸神事 10月第3日曜日
 
上賀茂神社 笠懸神事 奉射


上賀茂神社 笠懸神事2

城南宮 城南祭(神幸祭)・・・10月第3日曜日
城南宮 城南祭6

由岐神社 鞍馬の火祭 10月22日
鞍馬の火祭

鍬山神社 亀岡祭 10月23日~25日 
亀岡祭 八幡山2

北野天満宮 余香祭 10月29日
北野天満宮 菊2


【11月】

護王神社 亥の子祭 11月1日
護王神社 亥子祭

護王神社 亥子祭 行列

京都御所 秋の一般公開(現在は通年公開)

京都御所 采女

京都御所 蹴鞠



城南宮 曲水の宴 11月3日
城南宮 白拍子2

城南宮 曲水の宴 童と歌姫2

秋元神社 11月11日 赦免地踊
赦免地踊

空也堂 空也忌 11月第2日曜日
空也堂 歓喜踊躍念仏

空也堂 千本六斎 六斎念仏2
 
嵐山紅葉祭 11月第2日曜日
嵐山 もみじ祭 嵯峨狂言 頼光と土蜘蛛


嵐山 もみじ祭 夕霧大夫道中2

法住寺 身代わり不動尊大祭 
法住寺 身代わり不動尊大祭 鬼

即成院 二十五菩薩練供養 11月第3日曜日
即成院 二十五菩薩練供養

【12月】

虚空蔵法輪寺 針供養 12月8日 
法輪寺 針供養

千本釈迦堂 大根焚 12月7日 8日
千本釈迦堂 大根焚

了徳寺 大根焚 12月9日 10日

了徳寺 大根焚 大釜

了徳寺 大根焚 盛り付け

祇園白河 宮川町 事始め
祇園 事始め

北野天満宮 大福梅授与 12月13日より
北野天満宮 大福梅


思議不動院 南京供養 12月21日
不思議不動院 かぼちゃ煮 



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[2020/01/02 00:00] まとめ | TB(0) | CM(0)

京都の伝統行事①  

あけましておめでとうございます。
みんなでよい年にしていきましょう!

2回にわけて京都の伝統行事の写真をまとめておきます。
2回目はこちら。京都の伝統行事②  

お出かけになるときは、日時などご確認ください。(変更になることがあるので)
毎年日程が異なる行事は日程を省きました。


【1月】

八坂神社 をけら詣 12月31日 午後7時半ごろより 
八坂神社 朮詣

六波羅蜜寺 皇服茶 1月1日~3日 
六波羅蜜寺 皇服茶

北野天満宮 狂言 1月3日
北野天満宮 新春奉納狂言 附子

八坂神社 翁 1月3日
八坂神社 翁 黒式尉

八坂神社 かるた始め 1月3日
八坂神社 かるた始め

 
下鴨神社 蹴鞠始め 1月4日
下鴨神社 蹴鞠始め2

城南宮 釿始式(ちょうなはじめしき) 1月5日
城南宮 釿始式 釿

城南宮 釿始式 鋸

京都ゑびす神社 十日戎
京都ゑびす神社 十日戎 宝恵籠3
 
京都ゑびす神社 十日戎 舞妓さん2

八坂神社 蛭子船巡行 1月9日 
八坂神社 蛭子船巡行2

走田神社 弓講 1月13日

走田神社 弓講2

法界寺 法界寺裸踊り 1月14日
法界寺裸踊り2

三十三間堂 通し矢
三十三間堂 通し矢

石清水八幡宮 青山祭 1月18日 
石清水八幡宮 青山祭

【2月】

石清水八幡宮 鬼
やらい神事
石清水八幡宮 鬼やらい神事-豆まき

八坂神社 
節分祭 2月2日、3日
八坂神社 節分祭

吉田神社 鬼やらい神事 2月2日
吉田神社 節分祭 赤鬼

吉田神社 方相氏 と しん子

北野天満宮 北野追儺狂言 2月3日
北野追儺狂言 豆まき2

北野天満宮 節分 豆まき

大報恩寺 おかめ節分会 2月3日
千本釈迦堂 おかめ節分 鬼

下鴨神社 節分祭  2月3日 

下鴨神社 追儺弓神事

六波羅蜜寺 追儺式 2月3日 
六波羅蜜寺 追儺式3

六波羅蜜寺 節分 豆まき

蘆山寺 追儺式鬼法楽 2月3日
蘆山寺 節分 鬼三匹2

須賀神社 節分祭 2月2日 3日

須賀神社 懸想文売り-2


藤森神社 追儺式 2月3日
藤森神社 赤鬼2
 
千本閻魔堂 千本閻魔堂狂言 2月3日

千本閻魔堂 狂言 鬼の念仏


上賀茂神社 紀元祭 2月11日
上賀茂神社 蹴鞠 

城南宮 七草粥 2月11日
城南宮 七草の節句

上賀茂神社 幸在(サンヤレ)祭 2月24日
上賀茂神社 幸在祭

上賀茂神社 燃灯祭(乙子神事)・・・2月の2番目の子の日
上賀茂神社 燃灯祭3

醍醐寺 五大力尊仁王会(五大力さん)2月23日

醍醐寺 五大力さん

【3月】

法住寺 つり雛展

法住寺 つり雛展6 

加茂船屋 ひなまつり

加茂船屋の雛祭 御殿飾り

下鴨神社 ひな流し 3月3日

下鴨神社 ひな流し

市比売神社 ひいなまつり 3月3日
市比売神社 ひいなまつり 人雛

清凉寺 嵯峨大念仏狂言

清凉寺 嵯峨狂言 土蜘蛛

清凉寺 お松明式 3月15日
清凉寺 お松明式

髄心院 はねず踊り
随心院 はねずおどり

東山花灯路 狐の嫁入り行列
東山花灯路 狐の嫁入り行列

【4月】

玄武神社 やすらい祭

玄武神社 やすらい祭2

平野神社 桜花祭 4月10日
平野神社 桜祭神幸祭 鬼

【5月】

亀山城跡周辺 亀岡光秀祭 5月3日

亀岡光秀祭7

亀岡光秀祭-3


下鴨神社 流鏑馬神事 5月3日

下鴨神社 流鏑馬-平安装束2

上賀茂神社 競馬(くらべうま)5月5日
上賀茂神社 競馬2

藤森神社 駆馬神事 5月5日
藤森神社 駆馬神事4

藤森神社 藤森祭 神輿

千本閻魔堂 狂言
千本閻魔堂狂言 炮烙割り

千本閻魔堂狂言 土蜘蛛

葵祭 5月15日
葵祭 斎王代列 斎王代

葵祭 斎王代列 牛車


須賀神社 角豆祭 5月第2日曜日
須賀神社 角豆祭-神輿

新日吉神宮 神幸祭 5月第2日曜日
新日吉神社 鉾

新日吉神社 神幸祭 武者姿の稚児

【6月】

 貴船神社 貴船祭 6月1日
貴船祭 出雲神楽 八岐大蛇2

貴船祭-出雲神楽 巻き付く二匹の八岐大蛇

伏見稲荷大社 お田植祭  6月10日
伏見稲荷大社 田植祭 

鞍馬寺 竹伐会式 6月20日
鞍馬寺 竹伐会式


藤森神社 紫陽花祭
藤森神社 蹴鞠3

貴船神社 夏越神事 6月30日
貴船神社 夏越祓

上賀茂神社 夏越神事 6月30日 
上賀茂神社 夏越神事


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[2020/01/01 00:34] まとめ | TB(0) | CM(0)