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飛鳥 八釣 蝋梅 『明石に身を隠した兄弟』 

 
奈良県明日香村八釣
2015年2月中旬 撮影


八釣 ろうばい 

八釣 ろうばい

①明石に身を隠していた兄弟


昔、昔の話です。

雄略天皇が従兄弟の市辺押磐皇子を殺してしまったので、市辺押磐皇子の二人の息子、億計王と弘計王は播磨国明石に身をひそめ、牛馬の飼育をして生活していました。

雄略天皇が崩御したのち雄略天皇の子の清寧天皇が即位しましたが、清寧天皇には子供がありませんでした。
そのことで悩んでいたところ、億計王と弘計王が発見されたという報告がありました。
清寧天皇は兄弟を宮中に迎え入れ、億計王を皇太子に、弘計王を皇子としました。

清寧天皇が崩御すると億計王と弘計王は皇位継承を譲り合い、弘計王が顕宗天皇として即位し、兄の億計が皇太子となりました。
3年後に顕宗天皇は崩御し、億計が即位して仁賢天皇となりました。

明石海峡大橋 
明石海峡大橋

②顕宗天皇


この顕宗天皇の近飛鳥八釣宮があったのが、この明日香村八釣のあたりだといわれています。
(近飛鳥八釣宮は大阪府羽曳野市飛鳥という説もあります。)

もっとも顕宗天皇の実在性は疑問視されていますが~。
よくある貴種流離譚であり、あまりにドラマチックな話で実話とは思えないというのです。
確かにそのとおりかもしれません。

八釣 夕日 

2009年5月初旬撮影

③億計王と弘計王は二上山を擬人化したものだった?


八釣の里の高台に登ると二上山が見えます。
ふたつの頂のある二上山は兄弟のようで、億計王と弘計王を思い起させます。

八釣―二上山を結ぶ直線を延長するとちょっとずれますが、明石付近を通ります。
赤い印が二上山、神戸の西に明石の表記がありますね。
八釣は赤印の東南に橿原の文字が見えますが、その橿原の東南あたりです。



赤印(二上山)の東に堺の文字がありますね。
あんまりいい写真じゃないけど、↓ こちらは堺市庁舎展望ロビーより明石海峡大橋を撮影したものです。

堺市庁舎展望ロビーより明石海峡を望む 

二上山の頂上からも明石海峡が見えるそうです。

二上山は八釣から近いですが、雨の日などには見えなくなることもあります。

もしかして、億計王と弘計王の物語はこの二上山を兄弟に見立てて創作した物語だったりして?

明石海峡大橋 ライトアップ 
明石海峡大橋


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[2017/02/25 00:00] 奈良県 | トラックバック(-) | コメント(-)