奈良県天理市 石上神宮 長岳寺
奈良県桜井市 大兵主神社
石上神宮(2016年12月上旬 撮影)●ひらがながなかった時代、案山子はどんな顔をしていたのかな?雅な京都の紅葉は美しいけれど、山の辺の道の素朴な紅葉風景も京都とは違った魅力にあふれています。
案山子さんに会いました。
ちょっとヘタウマな感じの表情とか、この案山子さんはすごく可愛い。
作られた方はとてもセンスがいいと思います♡
石上神社付近の案山子 (2016年12月上旬 撮影)昔、案山子の顔は「へのへのもへじ」でした。
「へのへのもへじ」の案山子ができたのは平安時代にひらがなが作られて以降だと考えられます。
まだひらがながなかった奈良時代に編纂された古事記・日本書紀に案山子が登場します。
奈良時代の案山子の顔は「へのへのもへじ」ではなかったはずで、どんな顔をしていたのかな、と想像してみるとなんか楽しいです。
案外、この山の辺の道の案山子さんのような顔をしていたのかもしれません。
石上神宮付近(2016年12月上旬撮影)
●案山子は「嗅がし」?案山子の語源は「嗅がし」ではないかとする説があります。
かつて鳥獣よけになるとして、獣の肉を焼いたものを串刺しにして立てておくとことがあったそうで、そういうものも「カカシ」と呼ばれているそうです。
本当に焼いた獣の肉の匂いを、鳥獣は嫌って寄りつかないんでしょうか?
かえって猫とか熊とかが寄ってくるんじゃないかと思ったりもするんですが。
焼いた肉を食べるのは人間だけです。動物は焼いた肉を食べる習慣がないので、そういうものの匂いを嫌ったのでしょうか。
御存じの方、おられましたらぜひ教えてください!
長岳寺 (2014年11月下旬撮影)●広島・住吉神社の「焼嗅がし神事」広島の住吉神社では節分の日に「焼嗅がし神事」を行っているそうです。
千匹の鰯を焼き、その匂いを大うちわであおぐそうです。
http://www.sumiyoshijinja.net/setsubun.htmlオモシロそうですね!ぜひ一度行ってみたいです。
節分には玄関に柊鰯を飾る習慣がありますが、鬼は生臭いのが苦手で柊鰯は鬼を退散させる力があるなどと言われます。
鬼も田畑を荒らす鳥獣も同じようなものだということなのでしょう。
●案山子がイエス・キリストに見えちゃう~。私は案山子を見てると十字架に磔になったイエス・キリストを思い出します。
磔刑図(アンドレア・マンテーニャ画、1459年)ウィキペディア(
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%AE%E7%A3%94%E5%88%91#/media/File:Mantegna,_Andrea_-_crucifixion_-_Louvre_from_Predella_San_Zeno_Altarpiece_Verona.jpg)よりお借りしました。
イメージはかなり違いますが、案山子もこんな風に十字架に磔になっているように見えませんか?
●天児人形
上の写真は京都・市比売神社に展示されていた天児(あまがつ)人形です。
平安時代に幼児の傍らにおいていた身代わり人形だそうです。
天児人形の着物を脱がせますと、下の写真のように十字架に似ているというか、十字架そのもののような形になっています。
●案山子は田の神ユーモラスな顔をしていますが、案山子って田の神様なんですよね。
古事記や日本書紀には案山子は「久延毘古(クエビコ)」という名前で登場し「歩くことはできないが、天下のことはなんでも知っている」と記されています。
「クエビコ」という神名は「崩え彦」「体が崩れた男」という意味とされます。
クエヒコは十字架に磔にされて死んでしまい、体が腐って崩れてしまったイエス・キリストの姿だったりして?
鬼たちが焼いた鰯の匂いを嗅いで逃げていくのは、それがイエス・キリストの死体だから?
長岳寺付近 紅葉 (2014年11月下旬撮影)
●キリスト教は5世紀の日本に伝わっていた?キリスト教が日本に伝来したのは1549年、フランシスコ・ザビエルによってとされていますが
5世紀ごろ、秦氏によってネストリウス派キリスト教が伝えられていた、とする説があります。
秦氏の氏寺・広隆寺は太秦寺といいますが、中国ではネストリウス派キリスト教寺院のことを大秦寺といいました。
太秦寺と大秦寺は点があるかないかの違いしかありません。
日本神道は秦氏によって伝えられたキリスト教をベースに成立したものだったりして?
大兵主神社(2014年11月下旬撮影)毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!
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