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赤山禅院 増上寺 紅葉  『神田明神は鬼門封じ、増上寺は裏鬼門封じって本当?』 

京都市左京区 赤山禅院
滋賀県大津市 延暦寺
東京都港区 増上寺
東京都千代田区 神田明神


●延暦寺・赤山禅院は平安京の鬼門封じの寺


東北は鬼が出入りする方向(鬼門)であるとして古より忌まれてきました。



上は京都近辺の地図です。
比叡山延暦寺・赤山禅院は平安京(京都)の鬼門封じの寺と言われます。
平安京の大内裏は現在の京都御所よりも西の千本通り沿いにありました。
上の地図で千本通りは京都御所から2筋西の南北に伸びる通り(北野白梅町駅のある通り)のことです。
この位置から赤山禅院・比叡山を見ると、これらは確かに東北の方角にあるといってよさそうです。

赤山禅院 紅葉2 
赤山禅院

赤山禅院 紅葉 
赤山禅院

延暦寺 追儺式 

延暦寺 追儺式(12月31日)平安京の鬼門封じの寺の追儺式って感慨深い~。

●神田明神は江戸の鬼門封じで増上寺は江戸の裏鬼門封じ?

神田明神は江戸の鬼門封じ、増上寺は江戸の裏鬼門封じだと言われます。
裏鬼門とは南西のことで、裏鬼門も縁起の悪い方向だとされていたのです。

実際に神田明神と江戸城(皇居)の位置関係を見てみましょう。(江戸の中心は江戸城でしょう。)



江戸城は現在の皇居で、千代田区の文字のある緑色部分です。

次に江戸城と増上寺の位置関係を見てみます。




うーーん、江戸城から見て神田明神は鬼門の東北というよりは北北東、増上寺は裏鬼門の南西というよりは南南西ではないでしょうか?

多少のずれはあるんじゃないかって?

そうではありますが、神田明神も増上寺も江戸時代にわざわざ移転させてまでこの位置にしてるんですよ。
神田明神が鬼門封じ、増上寺が裏鬼門封じの寺ならもっときっちりと東北または南西に近い位置に移転させるのではないでしょうか?

神田明神 本殿 
神田明神 (人物は京都・安井金毘羅宮の櫛祭に登場された方々です。/合成)

増上寺と東京タワー 
増上寺と東京タワー

●江戸は北極星になぞらえた町


前回、私は江戸の町が「の」の字に作られたのは、江戸の町が北極星になぞらえた町だからではないかとお話ししました。

江戸の町が作られるまでは鳴門の渦潮が北極星になぞらえられていたと私は考えます。
なぜ鳴門の渦潮が北極星なのかというと、
愛媛県の西に日振島という島があって、その日振島がカシオペア座の形をしているんです。



図①
北斗七星 カシオペア座

カシオペア座のWは向かって左側のVが広いのに対し、日振島のWは向かって右側のVが広くなっていますね。
だけど上図のカシオペア座は地球上から空を見上げたときの形です。
星が天球に貼りついているものとして、天にいる神様が天球の上から眺めるとカシオペア座は日振島と同じように向かって右側のVが広い形に見えるはずです。

図②



で、図③に示すように日振島がカシオペア座だとすると、鳴門の渦潮は北極星になぞらえるのにちょうどいいんじゃないかと思ったわけです。

全ての星は北極星を中心にして回ります。
それはまるで北極星に夜空を回転させるパワーがあるかのようで、鳴門の渦潮は北極星にぴったりじゃないかと。

鳴門の渦潮はほとんど右回りだそうです。(まれに左回りもあるそうです。)
夜空の星は北極星を中心にして左回りに回りますが、日振島はカシオペア座と左右が逆転しています。
日振島は図②で示したように、天球に貼りついたカシオペア座を天球の上から眺めた形になっています。
天球の上から天球にはりついた星を眺めるとすれば、夜空の回転方向も左回りではなく右回りに見えるはずです。

また古の日本は九州から関東あたりまでで、ちょうど鳴門の渦潮あたりが日本の中心になります。

図③
日振島・渦潮・将門関連史跡 

将門関連史跡のある東京を北斗七星、日振島をカシオペア座だとすると、北極星↔北斗七星間の距離がありすぎますね。
もしかしたら、琵琶湖が北斗七星になぞらえらえていたのかもしれません。
琵琶湖には三上山にすむムカデを藤原秀郷が退治したという伝説があるのですが、
藤原秀郷は平貞盛とともに平将門の乱平定に派遣された人物です。
琵琶湖のほとりの三上山にすむムカデとは平将門のことなのかもしれません。

そして徳川家康および天海が江戸の町を「の」の字を描くような町にしたのは、日本に江戸という新たな北極星をつくり、江戸を中心として日本をまわそうという呪術であったと私は考えました。

●神田明神は北斗七星、増上寺はカシオペア座?

私は江戸は北極星になぞらえられたのではないかといいましたが、江戸の中心の江戸城が北極星なのかもしれません。
もう一度、図①をはっておきます。

図①
北斗七星 カシオペア座


江戸城を北極星として見たとき、神田明神は北斗七星、増上寺に見立てられるようにも思えます。

●将門は北斗七星の神だった

もちろん空は北極星を中心にして回っていますから、カシオペア座が上に来て北斗七星が下にくるということもあります。
ですが、神田明神のほうが北斗七星だと私は思います。
というのは、加門七海さんが将門関連史跡の鎧神社・鬼王神社・築土八幡・神田明神・将門の首塚・兜神社・水稲荷神社をつなぐと北斗七星の形になっていると指摘されていますし
将門の子孫を称する相馬家は家紋に『繋ぎ馬』を使用していました。↓

File:CrestOfSoumaClan.jpg
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:CrestOfSoumaClan.jpg?uselang=ja より引用
作者/正親町三条さん (ありがとうございます)

私は繋ぎ馬の紋は北斗七星を表しているのではないかと思います。
馬の頭から首にかけては北斗七星の枡の部分、胴の部分は持手部分ではないでしょうか。

増上寺 紅葉 
東京タワーより増上寺を望む




毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!

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[2016/11/22 00:00] 東京都 | トラックバック(-) | コメント(-)