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仏隆寺 彼岸花 『謎々です。『宇一山精進峯竹目々底土心水師道場』は何と読む?』  

奈良県宇陀市 仏隆寺
撮影 2008年9月23日


 仏隆寺 彼岸花2

毎年9月には仏隆寺の彼岸花を見にいくのを楽しみにしていたんですが、数年前、猪や鹿に彼岸花の球根が食べられてしまったとか・・・。(写真はそれ以前に撮影したものです。)
ボランティアの方々が以前のような景観に戻すよう、3年計画で球根を植えられているとのことで頭が下がります。

彼岸花の球根は毒があってモグラなどの小動物を避けるために田畑の畔に植えられた、と聞いたことがあるんですが、
猪や鹿は彼岸花を食べても平気とはオドロキです。

烏丸半島の蓮もそうですが、植物というのはある日突然全滅してしまったりすることがあるのですね。
動物に食い荒らされて全滅することもあれば、寿命ということもありますね。
染井吉野は寿命60年だとかいわれていますね。
「同じ風景は二度はない」と肝に命じ、一期一会を大切にして撮影したいです。

仏隆寺 彼岸花 白  

197段の階段を昇って山門をくぐると境内には白い彼岸花が咲いていました。

●堅恵は即身仏になろうとした?


仏隆寺は室生寺の末寺で、850年に空海(774-835)の高弟・堅恵(けんね/生没年不詳)によって創建されたと伝わっています。
本堂の東、鎮守の社の背後に入定石窟があります。
この石窟は堅恵の廟だといわれています。

入定とは即身仏となるために、石室に籠ることを言います。

 堅恵は即身仏になるためにこの石窟に入定したということでしょうか?  

仏隆寺 入定石窟 

●『宇一山精進峯竹目々底土心水師道場』は何と読む?


突然ですが謎々です。
『宇一山精進峯竹目々底土心水師道場』 これはなんと読むのでしょうか。

この文章は『弘法大師如意宝珠納札銘』に記されたものです。

●ヒントは落語の平林

落語の平林がヒントです。

丁稚の定吉は店主に平林さんのところに手紙を届けるようにとおつかいを頼まれます。
ところが定吉は途中で行先を忘れてしまいます。手紙には宛名が書いてあるのですが、定吉は漢字が読めません。
そこで手紙のあて名を道行く人に聞くと
「たいらばやし」だとか「ひらりん」だとか「いちはちじゅうのもくもく」「ひとつとやっつでときっき」などといい加減なことを教えられます。
定吉はこれらを全部つなげて怒鳴りました。
『たいらばやし』か『ひらりん』か『いちはちじゅうのもっくもくー』『 ひとつとやっつでとっきっきー』

『いちはちじゅう』は『一八十=平』、『もっくもくー』は『木木=林』
『 ひとつとやっつでとっ』は『一八十=平』、『きっきー』は『木木=林』と漢字を分解しているわけです。
オモシロイ!

仏隆寺 彼岸花3

●謎々の答え

『宇一山』は正確には『宀一山(べんいつさん/ういつさん)』で『宀一』は『室生』の二字のそれぞれ上下を採ったもの。
『竹目々』は『竹木目』で『箱』の字を分解したもの。 
『土心水師』は堅恵法師の部首を採った略とされます。

すると、『宇一山精進峯竹目々底土心水師道場』は『室生山精進峯の箱の底が堅恵法師の道場である』という意味になると思います。
即身仏となるとき、生きたまま箱に入りそれを土中に埋めさせたりしたようです。
つまり、『宇一山精進峯竹目々底土心水師道場』とは、『堅恵は室生山精進峯に入定した』という意味なのではないでしょうか。

堅恵は867年7月5日に仏隆寺の石窟の中に入定したともいわれています。
ということは室生山精進峯とは仏隆寺のある摩尼山のことなのかもしれませんね。

仏隆寺 彼岸花


毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!

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[2016/09/23 00:00] 奈良県 | トラックバック(-) | コメント(-)