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石舞台古墳 夕景とライトアップ 飛鳥光の回廊 『石舞台古墳はピラミッドだった?』  


奈良県明日香村・・・石舞台古墳
飛鳥光の回廊・・・9月ごろ(2016年は8月27日~28日でもう終了したそうです~)


蘇我馬子の墓と伝わる石舞台古墳

石舞台古墳 夕日

二上山に夕陽が沈んでいくのを見ると
ああ~、秋がやってきたんだな~、という気分になります。 
 
石舞台古墳 ライトアップ   
日が沈むと石舞台古墳がライトアップされ、幻想的な雰囲気になりました。

●都塚古墳はピラミッドだった。

2014年、石舞台古墳の近くにある都塚古墳の発掘調査が行われ、同古墳がピラミッド古墳であったと報じられました!



●ドント垣内5号墳もピラミッドだった?


ピラミッド古墳だったと考えられているのは都塚古墳だけではありません。
奈良市にある頭塔や大阪府堺市にある土塔もピラミッド古墳であったと考えられ、復元されています。

頭塔 
頭塔

奈良県御所市伏見のドント垣内5号墳は方墳で、墳丘側面に貼り石が貼られていたため、以前よりピラミッド古墳ではないかと考えられていました。

●ドント垣内五号墳は蘇我氏の墓?

ド ント垣内古墳群のある葛城地域はもともとは葛城氏の本拠地でした。
ところが6世紀ごろに葛城氏が没落したため、葛城の土地は朝廷のものとされました。
このとき蘇我馬子が『一族の出身地』であるとして返還を求めています。
ドント垣内(かいと)古墳群は蘇我氏の先祖を葬った墓であった可能性があります。

●石舞台古墳もピラミッドだった?

蘇我馬子の墓だといわれている石舞台古墳もドント垣内5号墳と同じく方墳です。
現在は盛り土が失われて石室がむき出しになっていますが。

石舞台古墳 すすき)、

石室の周囲が小さな燈籠で四角く囲まれているのがわかりますか?
かつてはこの四角い箇所に盛り土がされていたのですね。

そして石舞台古墳からは張石も発見されています。

そういったことから石舞台古墳はピラミッド古墳である可能性が指摘されていました。

今回、石舞台古墳の近くにある都塚古墳がピラミッド古墳であったことが発見されたことで、まずます石舞台古墳がピラミッド古墳であった可能性が強まったのではないでしょうか。
 
都塚古墳の被葬者は蘇我馬子の父・蘇我稲目ではないかとの説が有力です。

●北朝鮮・韓国にもあるピラミッド型古墳

北朝鮮の高句麗時代の方形積石塚古墳である将軍塚はピラミッドの形をしています。
将軍塚→https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kevsunblush2.JPG

韓国には百済・漢城時代の積石塚古墳がありますが、ピラミッド型をしています。
百済の支配層は高句麗と同族だとされています。
それで同様の古墳があるのかもしれませんね。

●蘇我氏渡来人説


百済国の高官・木満致(もくまち)と蘇我満智(まち)が同一人物であると言う説があり、蘇我氏は百済人だという説があります。
また、蘇我稲目の父が蘇我高麗という名で、当時、高句麗は高麗と呼ばれていたので蘇我氏は高句麗人ではないか、とする説もあります。

蘇我氏は高句麗や百済からやってきた渡来人だったため、ピラミッド型古墳を作ったのかも?

甘橿の丘より二上山を望む

蘇我蝦夷・入鹿の邸宅があったとされる甘橿の丘より。



毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!

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[2016/09/04 00:00] 奈良県 | トラックバック(-) | コメント(-)