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広済寺 鬼来迎 『お盆で戻ってきた霊を慰める芝居』 

千葉県山武郡 広済寺
鬼来迎(きらいごう)・・・8月16日

鬼来迎 浄め


たくさんの枝で飾り付けたナチュラル感あふれる舞台。
そこへ素朴なお面をつけた人が登場し、お米のようなものを撒きました。
舞台を清めているようですね。

●地獄を訪れると地獄の力を授かる?

鬼来迎 虫封じ


虫封じ。
母親鬼が赤ちゃんを抱っこすることで、赤ちゃんの疳の虫が治まると考えられているようです。

赤ちゃんは地獄の鬼に抱っこされてるわけですね。
地獄というのは恐ろしいところですが、地獄を訪れると地獄の力を授かるとも考えられていたのではないかと思います。

http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/oni.html
↑ こちらのサイトには次のように記されています。
「地獄で亡者を責める役柄の鬼は,千葉県匝瑳(そうさ)郡光町の広済寺で行われる鬼来迎(きらいごう)に登場するが,この鬼に責めてもらった病弱な者は,鬼の持つ霊力によって健康になるという信 仰もある。」
上記サイトより引用

記紀神話では大国主命が根の国(死後の国のことだと考えられています。)を訪れ、根の国の王・スサノオより太刀・弓矢・スサノオの娘のスセリヒメを奪ってもとの国へ戻っています。

スサノオは大国主命を追いかけてきましたが、最後には「その大刀と弓矢で従わない八十神を追い払え。」と大国主命にアドバイスしています。

大国主命は根の国へ行って根の国の力を授かったといっていいでしょう。

●藤原鎌足のために塔をつくった鎌足の子・定慧

鬼来迎 閻魔

地獄の裁判官・閻魔大王と書記官の冥官が登場。

鬼来迎 冥官 


親より早く死んだ子供が賽の河原で親のために石を積んで塔を作っていると、鬼が現れて塔を壊してしまいます。
そこへ地蔵菩薩が現れて子供を鬼から救ってくださいます。


鬼来迎 子供の亡者を救う地蔵菩薩

この話は「賽の河原和讃」でおなじみですね。

鬼来迎 地蔵菩薩と子供の亡者

この話のルーツは藤原鎌足の子の定慧ではないかと私は考えています。

奈良の談山神社に十三重塔がありますが、この塔は678年に亡き父・鎌足のために、鎌足の子の定慧と藤原不比等が建てたとされます。
鎌足が死亡したのは669年のことです。
ところが定慧は鎌足が死亡する3年前の666年に死亡していて、十三重塔が建てられた678年にこの世にはいなかったのです。
このとき不比等は生きていました。

つまり、談山神社の十三重塔は不比等と定慧の幽霊がたてたということになります。

談山神社 雨 

談山神社 十三重塔

親の供養はその子孫がするべきだと考えられていましたが、不比等は鎌足の実の子ではなく、天智天皇の落胤だという説があります。
実際に十三重塔を建てたのは不比等でしょうが、不比等は鎌足の実の子ではないため、すでに死亡していた定慧の幽霊が十三重塔をたてたということにしたのではないでしょうか。

そして定慧が創建したと伝わる聖林寺や大善寺では地蔵菩薩を御本尊としていて、定慧と地蔵菩薩の関係はとても深いのです。

●罪人でも救ってくださる観音様

鬼来迎 釜茹でにされる亡者

前世に悪事を働いた亡者が、釜茹でにされたり、鬼に責められたりします。

鬼来迎 黒鬼と亡者

そこへ観音菩薩が登場して、鬼から亡者を救ってくださいます。

鬼来迎 観音菩薩と鬼と亡者

●親より早く死んだ妙西信女と悪行を悔いた 椎名安芸守


鎌倉時代初めごろ、石屋和尚はこの地で、「妙西信女」という17歳の娘が地獄で鬼たちに責めたてられる夢を見ました。
翌日、石屋和尚は娘の墓参りに来た椎名安芸守にこの話をしました。
すると椎名安芸守は自分の悪行を悔い、娘の菩提を弔うため、石屋和尚を開山として広済寺を創建したと伝わります。

椎名安芸守の娘・妙西信女は定慧と同じく親より先に死んだ子供だったのですね。
鬼来迎で賽の河原で子供たちが地蔵菩薩に救われる場面が演じられるのは、地獄で鬼に責めたてられる妙西信女を救うためなのでしょう。

また釜茹でにされ、鬼に責められる亡者は椎名安芸守のイメージとも重なりますね。
椎名安芸守はなにか悪行を行ったようですから、地獄で鬼たちに責められることをそれは畏れたことでしょう。
しかし、観音菩薩が罪人である自分を救ってくださると考えることで、椎名安芸守は心の平安を得ることができたのではないでしょうか。

●今と昔では倫理観が異なっていた?

罪人でも救われるという信仰はありがたい反面、「観音様が救ってくださるので罪をおかしてもかまわない」みたいな考えを招きかねないような?

他氏排斥で多くの人に無実の罪をきせておとしめた藤原氏。
その藤原氏が多くの寺を創建しているのは、そういった考え方からくるものではないかと思います。

昔の人の倫理観は現代人の倫理観とちがっていました。

たとえば庚申の日に眠ると体の中から三尸の虫が抜け出して天帝に告げ口をすると信じられており
庚申の日には眠らずに過ごすという風習がありました。

現代の倫理観では「三尸の虫に告げ口をされないよう、よい行いをしよう」と考えると思いますが
昔の人は庚申の日に眠らなければよい、と考えたのですね~(笑)

鬼来迎 虫封じ 



毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!

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[2016/08/21 00:00] 千葉県 | トラックバック(-) | コメント(-)