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首途八幡宮 百日紅 『桃と百日紅の縁起担ぎ?』 

京都市上京区 首途(かどで)八幡宮
2016年7月28日 撮影


首途八幡宮

この日すごく暑くて~頭がぼーーーっとなってしまっていたのか?
写真向かって左側から撮ればマンションとか写らないのに、何やってんだ?

●金売吉次の屋敷跡

首途八幡宮の創建年は不詳ですが、平安時代、ここに奥州の金を京で商っていた金売吉次の屋敷があったと伝えられています。

首途八幡宮の伝承によれば、承安4年(1174年)3月3日、源義経は金売吉次の助けを得て、鞍馬山を脱出。
首途八幡宮にやってきて道中の安全祈願し、奥州へ向かったとされます。

●桃園親王はなぜたくさんの桃の木をここに植えたのか?

この地にはかつて貞純親王(桃園親王とも。873-916)の屋敷があり、桃の木をたくさん植えたとも伝えられています。
 貞純親王はなぜこの地にたくさんの桃の木を植えたのでしょうか。

首途八幡宮は平安京の大内裏の鬼門(東北)に位置しており
大内裏の鬼門守護の神として信仰されてたようです。

鬼といえば節分の鬼を思い出しますが、節分の追儺式では桃の弓で矢を放って邪気を祓います。

この地が大内裏の鬼門にあたるところから桃園親王は邪気を祓うという目的で桃の木を植えたのではないでしょうか?

●3月3日は縁起担ぎ?

すると、義経が鞍馬山を脱出して首途八幡宮へやってきた日を3月3日だとする首途八幡宮の伝承は真実ではなく、
3月3日が桃の節句であることから縁起担ぎではないかと思えますね。

●百日紅にも意味があったりして?


猿が辻 
京都御所の東北は猿が辻と呼ばれ
東北の角を作らないように門を内側に凹ませてあります。
塀を内側に凹ませることで南西の角を作ってあるわけです。

さらに猿の像が置かれていますよ。

京都御所 猿の像 

猿が辻 猿の像

東北(下の図では北東になっていますが)の方角は干支でいえば丑寅(うしとら)です。
そして東北の反対の南西の方角は干支では未申(ひつじさる)です。
それで未申のうち申=猿の像を置いているのではないでしょうか。

干支  

↑ 上の図は友人に作ってもらいました。(ありがとうー) 

猿は干支の申をあらわすとともに、「災いが去る」という縁起担ぎでもあるのでしょう。

http://www.nishijin.net/kadodehachimangu/keidai.htm
上記は首途八幡宮の境内図ですが、写真の百日紅(さるすべり)は首途八幡宮の東北に植えられています。

「鬼がさる」という語呂合わせから、東北に百日紅が植えられているんだったりして?


毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました!

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[2016/08/05 00:00] 京都府 | トラックバック(-) | コメント(-)