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若草山山焼き 『妖怪野槌の正体とは?』 

奈良市 若草山
若草山山焼き・・・平成28年1月23日 http://narashikanko.or.jp/yamayaki/

若草山山焼き4 

塔百景72 
 
かなり以前にフィルムで撮影したものです。
このときは火がよく燃えたのでよかったですが、全然火が燃えずに煙ばかりがもうもうとたつ年もあるんですよ。
そうなると、とてもじゃないけど人にお見せできるような写真にはなりません~。
今年の山焼きはどうかな、とこの時期はいつも心がソワソワしてしまいますー。

若草山の手前に写っているのは薬師寺の東塔・西塔・金堂です。
写真向かって右の東塔は天平時代に建てられたものですが、現在解体修理中です。
修理完成は平成31年春の予定だそうです。


●野上神社と石荒神社

山焼きが行われる若草山の山麓に野上神社と石荒神社があります。
以前、写真を撮ろうと思って野上神社・石荒神社に行ってみたことがあるのですが、残念ながら修理中でした。
今度行ったときには写真を撮ってこようと思います。(すいません!)

野上神社・石荒神社は春日大社の境外社で、野上神社は草野姫(かやのひめ)を、石荒神社は火産霊(ほむすび)神をお祭りしています。
草の神様と火の神様がペアになっているわけです。
草の神様と火の神様の組み合わせは、若草山の山焼きをイメージさせます。
野上神社では若草山山焼きの祭典が行われますし、野上神社と石荒神社は山焼きに関係する神社なのではないでしょうか?

●野槌、榎本明神、蛭子神は同一神?

野上神社の御祭神・草野姫はイザナギ・イザナミの間に生まれた神で、別名を野槌ともいいます。
野槌とは『野つ霊』、すなわち『野の精霊』という意味で、同名の妖怪が存在しています。
妖怪・野槌は頭のてっぺんに口があるだけで、目も鼻もないとされます。
柄のない槌のような姿なので野槌と言われているのだとか。

私は草野姫=野槌とは春日神社境内にある榎本神社の神(榎本明神)や蛭子神と同一神ではないかと考えています。
その理由を説明しますね。

①野槌には口しかなかった、ということは耳もなかったということである。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Harumachi_Noduchi.jpg
↑ 上記は恋皮春町が描いた野槌だが、目・鼻のほか耳もない。
春日大社境内にある榎本神社の神は耳が悪いとされ、柱をこぶしで叩いて参拝するしきたりになっている。

野槌=榎本明神(どちらも耳が悪い)

榎本神社 
榎本神社

②京都恵美須神社や今宮戎神社では、蛭子神は耳が悪いので神殿の後ろを叩いてお参りする習慣がある。

野槌=榎本明神=蛭子神(三神とも耳が悪い)

③鎌倉時代の『沙石集』に『徳のない僧侶は野槌に生まれかわる。口だけが達者で智慧の眼も信の手も戒めの足もなかったためとある。
一方、恋皮春町が描いた野槌には手足がある。(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Harumachi_Noduchi.jpg


現在、蛭子神は商売繁盛の神として信仰されているが、蛭子神が商売繁盛の神様になったのは、えべっさんは足が悪くて歩けなかったため「お足がでない」」の語呂合わせからとされる。
『沙石集』に「手も足もない」とあるが、これは本当に手足がないのではなく、手足が不自由だという意味ではないか。
野槌=蛭子神(どちらも足が不自由である)

長田神社 蛭子と大黒 
↑長田神社の蛭子神(向かって左)と大黒天(むかって右)

草野姫(野槌)はイザナギ・イザナミの子だが、蛭子神もイザナギ・イザナミの子なので、草野姫(野槌)と蛭子神が同一神であると考えても辻褄があう。

●蛭子神とは物部守屋だった?

さらに、今宮戎神社 十日戎 宵宮祭『えべっさんの正体②』 に書いたように、えべっさんとは物部守屋のことではないかと私は考えています。

そう考える理由は次のようなものです。

①587年、蘇我馬子・聖徳太子(崇仏派)物部守屋(廃仏派)の戦争があり、守屋は榎木に上って指揮をとっているところを弓で射られて死んだ。
榎本明神とは物部守屋のことではないか。
とすると、榎本明神=えべっさんだと考えられるので(どちらも耳が悪い)えべっさんは物部守屋だということになる。

②587年の戦争で、物部守屋は榎木の上にいるところを射られて死んだ。
一方、聖徳太子は弓で射られたとき椋の木の中に隠れて難を逃れている。
物部守屋と聖徳太子は陰陽に描き分けられているのではないか。
聖徳太子は1度に10人の言うことを聞き分けられるほど耳がよかったとされる。
物部守屋と聖徳太子が陰陽に描き分けられているとすれば、守屋は耳が悪かったということになる。

草野姫(野槌)=榎本明神=えべっさん=物部守屋

●タケミカヅチ、榎本明神を騙す。

榎本神社には次のような伝説が伝わっています。

タケミカヅチ(春日大社の御祭神の一)は春日野の地主の榎本の神に『この土地を三尺(約一米)譲って貰えないか』と頼んだ。
榎本の神は『三尺位なら』とこれを承諾しました。
ところがタケミカヅチは広大な土地に神社を建て始めました。
榎本の神が抗議すると、タケミカヅチは『私は、地下三尺と言ったのですが、耳の遠いあなたには聞えなかったのでしょうか。』と言いました。
しかし住むところがないと困るだろうと、タケミカヅチは小さな社を作って榎本の神を住まわせました。


春日大社は藤原氏の氏神ですが、もともとこの土地は藤原氏の土地ではなく榎本明神の土地であったようです。
榎本明神が物部守屋のことだとすると、春日大社の土地はもともとは物部守屋の土地だったということになります。
土地を奪われた物部守屋は死後怨霊になったと藤原氏は畏れたことでしょう。

そこで年に1度山焼きをして、草野姫(野槌)=榎本明神=えべっさん=物部守屋の霊を、火の神・石荒神社の火産霊(ほむすび)神の火によって焼き払うという神事を行っているのではないでしょうか。

●女神は和魂、男神は荒魂

草野姫は女神ですが、物部守屋は男です。
それなのになぜ草野姫と物部守屋が同一神なのだ、と言われるかもしれませんね。

どうも日本では神様の性別にルーズなようで、聖徳太子が「女性に生まれ変わって親鸞の妻になりましょう」と夢告をしたという話もあります。

神はその表れ方で御霊(神の本質)和魂(神の和やかな側面)・荒魂(神の荒々しい側面)に分けられるとされます。
そして女神は和魂を、男神は荒魂を表しているとする説があります。

草野姫は物部守屋の和霊であると考えると辻褄があうと思います。



毎度、とんでも説におつきあいくださり、ありがとうございました~!



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[2016/01/22 09:40] 奈良の祭 | トラックバック(-) | コメント(-)