fc2ブログ














高取土佐町 町屋の雛めぐり 『雛人形は天照大神とスサノオの神像?』 

高取土佐町は高取城の城下町として栄えた町で、今も城下町の面影を残しています。

 高取土佐町

土佐という地名は飛鳥時代に土佐の人々が都造営のためにこの地にやってきたところからくるといわれています。
彼らは故郷に戻ることができず、この地に住みついたようです。

高取土佐町2

高取土佐町では3月1日から3月31日まで、『町屋の雛祭り』を行っています。
写真は2013年に撮影したものです。
豪華な雛飾を楽しみながら町歩きをしました。
中には大正時代の古い雛人形もありました。

高取土佐町 雛祭 
江戸時代末期ごろより上方では写真↓のような御殿飾りの雛人形が造られるようになりました。

高取土佐町 雛祭2 
私はお雛様は天照大神、お内裏様はスサノオの神像ではないかと考えています。

古事記や日本書紀に次のような話が記されています。

高天原にやってきたスサノオを、天照大神は「高天原を奪いにきたのではないか」と疑いました。
そこでスサノオは疑いをはらすために『誓約(うけい)の子産み』をしようと言いました。
まず天照大神がスサノオの十拳剣(とつかのつるぎ)を噛み砕き、ふっと吹き出した息の霧から三柱の女神(宗像三女神)が生まれました。
次にスサノオが天照大神の『八尺の勾玉の五百箇のみすまるの珠』を噛み砕き、ふっと吹き出した息の霧から 五柱の男神(正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命・天之菩卑能命・天津日子根命・活津日子根命・熊野久須毘命)が生まれました。
スサノオの十拳剣からうまれた三柱の女神はスサノオの子、天照大神のみすまるの珠からうまれた五柱の男神は天照大神の子とされました。
スサノオは「私の心に邪心がないので、私の産んだ子は女神だったのです。」といいました。


三人官女は宗像三女神、五人囃子は天照大神が産んだ五柱の男神をあらわしているのではないでしょうか。

町屋の雛めぐり・・・奈良県高市郡高取町

いつも応援ありがとうございます♪
 

にほんブログ村 写真ブログ 近畿風景写真へ
にほんブログ村

にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ
にほんブログ村

[2015/03/04 10:40] 奈良の祭 | トラックバック(-) | コメント(-)