枚岡神社 注連縄掛神事(お笑い神事)『天岩戸神話と冬至』 

12月25日はクリスマスですが、この日、 枚岡神社では注連縄(しめなわ)掛神事(お笑い神事)を行っています。

白装束の氏子さんたちが藁で新しい注連縄を作り、古い注連縄を外して新しい注連縄につけかえます。

枚岡神社 注連縄掛神事

そして神職さん、巫女さん、氏子さん、一般の参拝者の方々も注連縄の前に並び、一斉に「あっはっはー」と笑います。

枚岡神社 お笑い神事

この神事は天岩戸神話を再現したものだといわれています。

記紀には次のように記されています。

天照大神は弟・スサノオの悪戯に耐えかねて天岩戸の中に隠れてしまいました。
そこで天岩戸の前アメノウズメがストリップダンスをすると八百万の神が一斉に笑いました。
天照大神は天岩戸の扉を少し開けて『私が岩戸に籠もって世の中は闇だというのに、なぜみな笑っているのか。』と問うと
アメノウズメが『貴方様より貴い神が表れたので、喜んでいるのです。』と答えました。
アメノコヤネノミコトとフトダマノミコトが天照大神の前に鏡を差し出したので、天照大神は鏡に映る自分の姿を尊い神だと思い、岩戸をさらに開けました。
それをみはからってアメノタヂカラオがその手ノミコトをとって引きずり出しました。
フトダマノミコトは注連縄を岩戸の入口に張り『注連縄の向こうに入らないで下さい』といいました。


この神事は現在は12月25日に行われていますが、かつては冬至(12月22日)の日に行われていたと伝えられています。

天岩戸神話が何を表すのかについて、2つの説があります。
①日食を表す。
②冬になって衰えた太陽が冬至を境に再び勢いを取り戻していく様子を表す。

枚岡神社の注連縄掛神事が冬至に行われていたということは、天岩戸神話は②の『冬になって衰えた太陽が冬至を境に再び勢いを取り戻していく様子』を表しているのではないでしょうか。

京都駅ビル クリスマスイルミネーション 2014 『イエス・キリストは太陽神だった。』
↑ こちらの記事でクリスマスとはミトラ教の冬至祭をキリスト教がとりいれたものだと書きましたが、注連縄掛神事は日本版冬至祭、日本版クリスマスといえるでしょう。

枚岡神社・・・大阪府東大阪市出雲井町7-16
注連縄掛神事・・・12月25日 午前9時ごろより(確認をお願いします。)

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[2014/12/26 19:00] 大阪の祭 | トラックバック(-) | コメント(-)

春日大社 春日若宮おん祭 『榎本明神の正体』 

12月15日~17日、春日若宮おん祭が行われます。
17日はお渡り式です。
お渡り式は3度くらい見に行ったことがあるんですが、3度とも雨や雪で中止になってしまいました~。(ホントです。)


 春日若宮おん祭 大和士宵宮詣 
↑ 写真は16日の大和士宵宮詣(やまとさむらいよいみやもうで)です。

春日若宮おん祭 田楽座宵宮詣

↑ こちらは16日の・田楽座宵宮詣です。

私は春日若宮様とは志貴皇子のことだと考えていますが、これについては 中秋の名月と采女祭 采女神社 『猿沢池の采女伝説のモデルとは?』
でお話しましたので、今回は春日大社の摂社・榎本神社についてお話したいと思います。

榎本神社


榎本神社には次のような伝説があります。

武甕槌命は春日野の地主である榎本の神に『この土地を地尺だけ譲ってほしい』と言いました。
榎本の神は『三尺くらいなら』と承諾しました。
ところが武甕槌命は広大な土地に囲いをしたので、榎本の神は『話が違う』と抗議しました。
武甕槌命は『私は地下三尺と言ったのに、あなたが聞き取れなかったのです。』といっいました。
しかし榎本の神が住むところがないと困るので、春日大社本殿のすぐそばに社を作りました。


榎本の神は耳が遠いとされ、そのため柱を叩き、祠を回って参拝する習慣がありますが、それはこの伝説からくるものでしょう。

榎本神社の御祭神は猿田彦です。
記紀によれば、猿田彦は「高天原から葦原中国までを照らす神」だと記されていますが、これにぴったりな神名を持つ神がいます。
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてる くにてる ひこ あめのほあかり くしたま にぎはやひ の みこと)です。
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊というのは先代旧事本紀の記述で、記紀では単に、ニギハヤヒとなっています。
ニギハヤヒは物部王朝の祖神で、初代天皇の神武が日向から東征して畿内入りする以前に天下っていたとされます。
ここから神武以前に物部王朝があったとする説もあります。

つまり猿田彦とニギハヤヒは同一神だと考えられます。
ということは榎本の神は物部氏の神なのではないでしょうか?

飛鳥時代、物部守屋という人物がいました。
587年、排仏派の物部守屋は崇仏派の蘇我馬子や聖徳太子と戦い、榎の枝で指揮をとっていたところ、迹見赤檮に矢で射落とされて死亡しました。

榎本の『本』を漢和辞典でひくと『下の意を表す。』とあります。
榎本明神とは榎の木の上で指揮をとっていたところを矢で射落とされた物部守屋のことではないでしょうか。



春日大社・・・奈良県奈良市春日野町160
春日若宮おん祭・・・12月15日~17日 http://www.kasugataisha.or.jp/onmatsuri/1215_18.html




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[2014/12/13 21:18] 奈良の祭 | トラックバック(-) | コメント(-)